Like a pussycat



アキが初めて付き合った男はクラブで知り合った仲間の一人で、有名私立大学に通う学生だったが、17才のアキに美人局の片棒を担がせたり、脱法ドラッグの売人紛いのことをやって小遣い稼ぎをしていた所為で、地元暴力団に目をつけられて制裁を受けたと聞いた。最終的には警察沙汰にまでなったため、元々折り合いが悪かった両親にもアキがゲイであること、売春のような真似をしていたことを不本意な形で知られてしまったらしい。
当時地元でかなり噂されたこともあり、東京の美容専門学校へ進学して独り暮らしを始めて以降、家族とは数えるほどしか会っていないとアキは言っていた。男運が良いとは言えない天野もそこまでの修羅場は経験したことがないし、同級生が我が子の話題で盛り上がる年齢になっても家族へのカミングアウトはまだだ。年に一、二回の和やかな家族団欒の席で、両親や兄一家に話すタイミングが掴めない。

社交的な割にどことなく孤独な印象のあるアキが自分に向けられる恋愛感情を疎ましく思う理由は、十代の頃に経験した苦い初恋が未だに悪影響を及ぼしているからだろう。恋愛体質の天野と足して割ることが出来れば丁度良いのにと思う。日常生活の中で知り合った相手がゲイかどうかなんて分からないから、交際に発展することは滅多にないが、現在も天野は自らが経営する美容院に出入りする業者で気になっている人物が居た。思いを告げられず密かに恋焦がれるというよりは、姿を見るだけで純粋に胸がときめくような憧れや好感に近い。
万が一の可能性で相手がゲイだったとしても、年下の彼と個人的に付き合いたいという気持ちはあまりなかった。色恋に関して積極性に欠ける天野は六年近く独り身だし、同性愛者は特に、三十代も半ばを過ぎれば真面目に恋愛と向き合うには勇気と覚悟が要る。

「天野が好きになるやつは見てくればっか良くて、だらしなかったり鈍くさかったり頭悪かったり、選りすぐりのダメ男なんだよな。住所不定無職とか」
「ひどいなぁ。あの子はそんなんじゃないよ。……いい子だよ。多分」
「また年下か。止めとけって。お前の場合、マジになったらノンケでも落とすから恐ぇよ」

久しぶりに天野の自宅へ遊びに来て一緒に夕飯を食べたアキが、トマト鍋の締めのリゾットを器によそいながら人聞きの悪いことを言う。好き嫌いが少ない天野と違ってアキは偏食で魚介類全般が苦手だ。肉類や甘い物もあまり食べず野菜中心の食生活だが、アルコールの摂取量が多いので、健康に気を遣っているとは言えなかった。
それでも30才を過ぎた辺りから徐々に夜遊びが減り、不特定多数の男と安易に肉体関係を持つ悪癖――自傷とも呼べる行為が治まってきたのは、アキを心配する周囲の人間にとって喜ばしい変化だと思う。猫を飼い始めて寂しさが多少軽減した部分があるのかも知れない。

「ちょっと頼りなくて可愛いなぁって思うんだけどさ、セックスしたい訳じゃないんだよね。ご飯奢ってあげたり、撫でたりキスして可愛がりたいっていうか」
「お前それ、あずきにしてることと同じ。男として見てねぇよ」

あずきというのはアキが飼っている雄猫の名前だ。母猫とはぐれたらしい仔猫を保護して『おはぎみたいだ』と言ったアキに、もう少し可愛い名前をつけようと提案したのは天野だった。
客観的な立場から見れば確かにアキの言う通りで、年下の彼を可愛がりたいという気持ちは小動物を愛でる感覚と似ている。

「そっか。あずきと一緒なのか」
「リゾット食えよ」
「うん」

何だか釈然としない気分だったが、恋愛感情じゃない方が都合が良いから深く考えないことにした。暫く二人して黙々とリゾットを口に運ぶ。食べたり飲んだりするアキの仕草は昔から妙に色気があって、少し女性的なところがあると天野は思っている。食事の所作に神経質な彼のおかげで、頬袋に詰め込むような食べ方を学生時代のうちに治すことが出来たのは良かった。
恋をするアキを天野は知らない。友人として二十年近く傍に居るのに、今まで彼自身が恋人だと言って紹介してくれた人物は居なかった。アキも本気で誰かを好きになれば変わるのだろうか。幸せになって欲しいと思う反面、他の男に取られるようで寂しいと考えてしまう。
心の中で謝りながら口いっぱいに頬張ったリゾットは予想外に熱くて、欲深い天野を責めるように舌を火傷させた。



2012/04/08
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