遥かな贈りもの
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エピローグ
 2003年、1月。あれから、数ヶ月。俺達は、今でも時々、定期的に集まっては共に過ごしていた。

 渋谷駅から帰りの電車で、俺は拓也と肩を並べて座っていた。各々今日は寄る所があるらしく、帰りはそれぞれがみごとに違う路線の電車に別れていた。
 そういえば拓也と二人だけなんていうのも珍しかったかな、と俺は思う。

「今度、想の誕生日だろ。だから輝二はプレゼントを買おうとしているみたいなんだけど、あいつもセンスが良くないから心配なんだよな」
「……センスないのはお前もじゃね? ほら、あのクリスマスの時の帽子」
「ええ。俺はあれがいいと思ったんだけどな」

 拓也が言っているのは、小学五年生の時に行ったクリスマスパーティーだ。俺はいつもの青い野球帽を被った上に、パーティー用の帽子を被っていたんだが、何故か不評だった。……そのことを突っ込まれると、少し照れくさい。

「ねーよ! ……てかさあ、お前って、いつも誰かのことばっか考えてるな」

 拓也は、急に改まった顔をしてそう呟く。

「えっ、そうかな。そんなこと、思ったことなかったけど」
「無自覚かよ」

 拓也の一言ひとことは核心をついている。俺は曖昧に笑ったけれど、内心動揺していた。
 ずっと、誰かに迷惑を掛けまいと思って生きてきた。母さんは女手一つで俺を育ててくれた。おばあちゃんが入院するようになると、その関係で母さんはより一層忙しく働きまわっていた。――だから、俺は自分のことなんか二の次でよかった。

「お前のそういうとこ偉いって思うけどさ、輝二は家族だし、想だって仲間だろ。少しぐらい、お前もはっちゃけてもいーんじゃねえの?」

 はっちゃける、か。
 要するに仲間だから頼れ、ということだ。そう素直に表現できるのが、神原拓也の良さだ。輝二や俺達は、拓也がいたから安心して戦うことができたのだと俺は思う。

「ふーん。さすが拓也お兄ちゃん、だね」
「だー! 想にしてもお前にしても、その呼び方やめろよ! てか、お前だって一応兄貴だろ」
「まぁそうだけどさ。……、俺、最近よく夢を見るんだ」

 その夢には決まって想が出てくる。俺と共に笑っている、そんな他愛もない淡い夢。
 最初から、彼女だけは特別だった。ダスクモンだったときのことはほとんど覚えていないけれど、彼女を初めて見た時に、どうしてか俺は懐かしさを感じた。それは、きっと俺達二人は魂だけでデジタルワールドに来た存在だからだ。現に、彼女は何度も俺の姿を見ていたのだという。
 闇に堕ちた俺にも、声を掛けてくれた。勘の鋭い子だったから、戸惑いの表情を見せながらも、悩んでいた俺に気付いてくれた。暗闇だった俺の世界に、光が差して――色が広がった。
 俺にとって、きっと想は光であって色だった。

「俺、想と距離が縮まることが怖くて……優しくしてくれたのに傷つけることが怖くて。だから想“ちゃん”なんて呼び方したりしてたんだよな」

 今から思ったら全然意味ないことだけどな、と俺は苦笑した。「そっか」と拓也がつぶやいて、少し沈黙があった。
その時、次の駅へのアナウンスが聞こえ、真向かいに座っていたサラリーマンが下車する準備を始めた。

「輝一は優しい奴なんだな」
「え。俺が?」

 全然考えもしなかったことを言われて、拍子抜けする。俺は、優しくなんかない。
 拓也は「ああ」と言って言葉を続けた。

「……大丈夫だよ、想なら。あいつって、おとなしいけど、意外とよく考えてるし。言いたいことぶちまけてダメになるようなら、またイチからぶつかればいいんだよ!」
「何だよ、それ?」
「分かりやすくていーだろ」

 にっ、と拓也は笑った。いちばんシンプルな考え方をしているのは、きっと拓也だ。
 言いたいことを口にして、ぶつかる。そんなこと考えたこともなかった。
元より俺は本音で話すのが苦手で、デジタルワールドから帰ってきてもそのくせが抜けることはなかった。

『輝一くんにはここにいて、欲しいんだよ。すべて、話してほしいのに』

 ――あの時、想は言った。ここにいて。すべて、話して。涙に濡れたあの表情が、よみがえる。
 それまではダスクモンとして散々許されないことをしてきた俺だったから、誰にも心配や迷惑は掛けたくなかった。……けれど、本当は誰かに……いや、あの子に気づいて欲しかったんだと思う。だから、俺はあの時一人で城のホールにいた。
 想が泣いて、俺は想にすがって、涙を流した。あの瞬間、何かが赦されたような気がした。

「……今度、想と、よく話してみるよ」

 すると拓也は「それがいいよ」と言って笑ってくれた。
 俺はただ、何も知らず幸せそうに暮らしていた輝二を憎んでいた。でもそれは間違いで、俺は信じることを、仲間の暖かさを知った。
 『すべて話してほしい』と言ってくれていた想。あれから時が流れた。きっと、時が流れた今なら、素直に伝えられるだろう。もう俺のことでは、泣かせたくはないんだ。
 想への感情すべてを思い返した時、ふいに輝二の姿が頭をかすめる。そんな思考回路に微笑して、俺は最寄りまでの電車に揺られていた。
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