遥かな贈りもの
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 みんなで遊んだその日の帰り道、輝一くんにこっそり呼ばれたわたしは、二人で道を歩くことに少し緊張と戸惑いを覚えていた。
 というか、二人だけでは初めてだし、しかもわたしのす、好きな人である輝二くんのお兄さんの彼(その上双子だから顔も同じだ)と会うんだから緊張しないわけがない。

「ごめん、急に呼び出して」
「ううん。大丈夫」

 わたしたちは肩を並べて、駅からの道を歩いていた。二月を目前としている街の空気はひどく冷たくて、わたしはマフラーを軽く結い直す。

「四月になれば、もう一年経つな」
「え? ……ああ、そうだね」

 それは、デジタルワールドに来てから、一年、わたしと輝一くんが駅の階段で倒れた時から、一年ということだ。
 思えば、最初から輝一くんは不思議な存在だった。渋谷駅で階段から落ちなければ、わたしは輝一くんを夢見ることはなかった。
 今は無事輝一くんは生きることができて、輝二くんと和解した。何一つ問題はないのだけれど、それでも時折、輝一くんは悲しい顔をする。

「……俺、君や輝二と出逢えて、本当に良かったと思ってる」
「うん、……わたしも」

 そして、わたしは、あのお城での輝一くんの体温を、震える声を、涙を思い出した。
 きっと、あれは、輝一くんがわたしに見せる最初で最後の涙だ。いま、わたしを見つめている輝一くんは、とても穏やかに笑っていた。逆に、わたしはそんな輝一くんの笑顔を見ていると胸がいっぱいになって泣きそうになる。

「また泣きそうになってる。ほら、そんな顔しないで、……想」
「え、そんな顔って……え、な、名前……」

 ――呼び捨てだ。
 一瞬、輝一くんの発したそれが自分の名前だと認識することができなかった。今までただの一度も呼び捨てをしたことがなかった輝一くんが、わたしの名前を呼んだ。
 びっくりしているままのわたしに、輝一くんは表情を変えることなくわたしを見ていた。

「そこまで驚くことないだろ」
「ま、まあそうかもしれないけれど……」

 わたしは緊張しやすいから、些細なことでも驚いてしまう。でも、今までどこかよそよそしかった輝一くんが、少し近くなったように思えた。そうだ、輝一くんはわたしのことだけは想ちゃん、と呼んでいたのだ。

「俺。誰にも迷惑掛けたくなかった。だから、素を出すのが苦手だったんだ」
「……うん、分かるよ」

 その気持ちは分かる。わたしも、人に嫌われることが恐かったから。
 そしてデジタルワールドで仲間入りしてからの輝一くんは、ずっと苦しさを人とわかちあおうとはしなかった。わたしは――その背中を見ているのが寂しくて、嫌だった。
 駅近くの商店街の方を抜けると、人がまばらになっていく。乾いた落ち葉を踏みつけた音が、やけに大きく響いた。

「俺も変わるから……だから、笑ってよ」

 その時、輝一くんがはっきりとわたしの顔を見た。視線がぶつかる。彼は真剣、だった。 
 ――階段から落下する、ということがなければわたしたちはもっと違う関係だったのかもしれない、とわたしは時々思う。けれど、輝一くんがダスクモンとなってしまったことも、わたしが初めは意識だけでデジタルワールドに行ったことも、どちらも無駄じゃなかった。

「うん。……きっと、じゃあ、今日は新たな始まりの一歩、だね」

 わたしがそう言うと、輝一くんは「たぶんね」と相槌をした。新たな始まり、だなんてまるで小説のプロローグだ。ああ、小説はそういう書き出しにしてもいいかなあ……。

「輝二とも、また会うんだろ。再来週の日曜だったかな」
「え、そこまで知ってるの……!? こ、今度、誕生日だからさ、わたし」

 輝一くんはうんうん頷いていた。好きな人のお兄さんにこういった話をするなんて、なんだか恥ずかしいけれど。何故だか、わたしは輝一くんが生きてくれていて良かった、なんて今更ながらに安堵してしまうのだった。

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