折れた翼、この世界
[2/3] 「わたし、もう一回あっちのホールを見てくるよ」 二人にそう告げ、わたしは一人先に部屋を出て、最初のホールまで戻る。 そこには、輝一くんがいた。さっき一緒にいたはずの、輝二くんとボコモンたちの姿はない。 「あれ、輝一くん、一人……?」 「……あ、ああ。想ちゃんが……来るかと思って」 「え……」 「っていうのは、まあ冗談だけど」 「……えええ」 どっちなんだ。とツッコミたかったけれど、ふと見た輝一くんの表情を見て、わたしは閉口する。 わたしと、輝一くんの間に静かな空気が流れる。輝一くんは、数メートル先の、わたしを見つめている。その瞳は、どこか、暗たんとしている。 輝一くんに巻き込まれる形で、階段から落下した、わたし。闇に囚われた紅い瞳の、かつての輝一くん。 気絶しても、真っ先に目が覚めていた輝一くん。デジコードが浮かんでいなかった輝一くん。ロイヤルナイツが現れて以降ずっと虚ろな目をしていた輝一くん。想ちゃん、俺たちどこかで。俺一人で行く、君たちは帰れ。でも、想ちゃんは生きてるんだね。 ーーでも、想ちゃんは生きてるんだね。 今までの出来事が、頭のなかを忙しなくフラッシュバックする。不吉なことばかり、頭のなかをよぎる。 わたしは気を失って、デジタルワールドにたどり着いた。それは、わたしが輝一くんと同じようにして階段から落下したからだ。でも、わたしはヤタガラモンーー望ちゃんに助けられた。その時のわたしの身体は、きっと精神体だった。 それから、闇のトレイルモンに乗って、わたしは渋谷で意識を取り戻した。そして、この身で、デジタルワールドに行くことを選択した。 ーーでも、輝一くんは? ーーずっと、あの場所で倒れているままだーー。 はっ、とする。 もしかすると、輝一くんは、自分がもうここにはいないって、思ってるんじゃないかーー。 どうしてこんなことを思ったのか分からない。けれど、根拠の無い確信が、ぞわぞわとわたしを占めていく。 「こういち、くん」 どこにも、行かないで。 身勝手だとは分かってる、だけれどわたしはもう、既に泣きそうだった。輝一くんに、そっと近づいていく。 顔を上げた輝一くんは、とても困り顔だった。 輝一くんはもしかしたら何も話したくなかったかもしれない。けれど、泣きそうになっているわたしの顔を見て、少し沈黙したあとにああ、と言った。 「……輝一くん、あのね、わたし……」 あのねと言っても、言葉に出来ない。感情がどんどん涙となって溢れていく。 せっかく輝一くんは、わたしや、皆や、そして輝二くんと出逢えたのに。どうして、輝一くんは――そんな風に振る舞えるの。どうして、苦しみを話してはくれないの。 「……想ちゃんは、やっぱり鋭いね」 「……、」 「誰にも言わないでおこうと思っていたんだけれど、君には隠し通せそうにないな」 「こ、いち、くん……」 淡々と語る輝一くんの真向かいで、わたしはぽろぽろ涙を溢している。 「輝一くんにはここにいて、欲しいんだよ。すべて、話してほしいのに……っ」 「俺は、皆にも、もちろん君にも迷惑かけたくなかった。……ねえ、俺なんかの為に泣かないでよ」 「俺なんか、って……っ、」 輝一くんの声が震えている。わたしの声も、嗚咽混じりだった。 輝一くんは、指でそっとわたしの頬に触れて、涙を拭う。わたしを、見つめる。 「俺は、人間界に戻ったら、もう死んでるかもしれない。でも、俺は輝二や君、他の皆と出逢えて嬉しかった」 かもしれないなんて言ったけれど、きっと輝一くんは死を覚悟している。かなしかった。拭っても、わたしの涙は止まらない。 「……違うよっ、輝一くんみたいに倒れたわたしだって、生きてたんだよっ。輝一くんみたいに、誰よりも早く目覚めたことだって、あるよ! それでも……っ」 エレキモンの集落に行く前の森で、わたし一人が先に目覚めて、皆が起きるのを待っていたことがある。 その後わたしは現実世界に戻って来た時、身体の痛みこそあれどわたしは生きていた。――だから、輝一くんだって。 「うん、だといいけれど。俺はダスクモンになって、たくさんのデジモンを傷つけた。その報いだと思う。想ちゃんーー輝二を、頼む」 「っ、そんなこと言わないでよ!!」 勢いで、つい大きな声が出てしまっていた。輝一くんははっとして、自分の発言を悔いたのかまた「ごめん」と言った。 ――この人は、本当に自分がいなくても輝二くんが納得すると思っていたんだろうか。 「俺……やっぱり、どうかしてるみたいだ。ごめん」 輝一くんは、そう言って片手で額を覆う。 「輝二くんの幸せは、輝一くんもいなくちゃダメなんだよ。……ねえ、輝一くんは生きてるんだよ。魂だけの存在でも――輝一くんは、あったかいよ」 輝一くんの手を取った。あたたかい。 輝一くんの顔が歪んで、それから景色がふっと変わる。 一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、輝一くんがわたしを抱きしめていた。 「……っ、」 「輝一くん……」 輝一くんが、泣いた。 ――わたしは、泣いている輝一くんを離すことができず、しばらくその背中を撫でつづけていた。 NOVEL TOP |