何故ならそこに答えがあるから。
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 やわらかな風が、俺の顔をくすぐる。日差しものどかな、春らしい気候だった。辺りには木々があり、足元には緑色の芝生が広がっている。俺はその地の上に立っていた。
 輝二、と誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ってそこにいたのは、父さんと、あの人だった。
 あの人は花束を持っていた。よく見るとそれは、デジタルワールドにだけ咲いている花だった。


「輝二、花束をありがとう」
「今度は、三人で旅行に行こう。なあ、輝二」


 ああ、俺は、ケルビモンを倒して母さんに花束を渡せたんだっけ。でも、その割には俺はあの人を母さん、と呼んだ記憶がない。
 それから、また次に俺の方へ向かって歩いて来る人物がいた。


「こ、こーじくん! おめでとう! あの、わたしパシリにしていいよ!」
「……おま、想、何言ってんだ……」


 真剣な顔で、パシリにしろと訴える想がいた。少しずれてるのは、今さらだろうか。
 そんな想に少し呆れていると、そのすぐ近くには拓也、純平、泉、友樹がいた。


「やったな、輝二」
「パーティーの準備、したぜ!」
「ご褒美に、デートよ! あたしじゃなくて、想だけど」
「え、わたし……!?」
「ボク、ちゅーするよ!」
「と、友樹やめろ!」


 皆は、それぞれ言葉を掛けた。とりあえず、友樹も真剣に俺に迫ってきていたので俺は走って逃げた。
 父さんと母さんが、あまり遠いところに行くなよ、と笑った声が聞こえた。
 それから、走っている途中で背中に軽い衝撃があった。


「……ッ、輝一?」
「ここにいたのか、探したよ輝二。……俺の母さんだよ」
「……輝二、今までごめんね……」

 そこにいたのは、本当の母さんだった。亡くなったと、聞かされていた母さん。
 少し離れたところには、俺の父さんと今の母さんが並んで、俺に微笑みかけている。


「ぼくも、おりょうりつくったはら」
「さすがパタモン! 輝二はんの作ったシーフードバーガーよりも旨いわい!」
「レインボーバーガーよりもね?」


 お世辞にも上手だとは言いがたい黒い物体を皿に載せるパタモン、さりげなく失礼なことを言うボコモン、ネーモン。

「わたし輝二くんの一日パシリになる……」
「だから何でパシリなんだよ!?」

 気付けば、俺の周りには皆がいた。――ああ、そうだ。俺は、独りじゃない。
 そこまで認識して、再び目の前の景色がゆらゆらと変わる。「――!」どこか、遠くのほうで拓也に似た声が聞こえる。


「輝二!」


 そして、その声は再び俺を強く呼んだ。
 瞬きをすると、そこはあの暖かな春の日差しの中ではなく闇の大陸の重苦しい空気だった。


「ほう、まだ生きていたか」
「動けるか!?」
「何とか、な……ッ!」

 どうやら、ケルビモンの攻撃にやられて気を失っていたようだった。ケルビモンは笑っていた。――くそ、なんて奴だ。そして、俺たち二人は崖に投げ出された。

「さあ、そろそろスピリットを渡してもらおうか」
「……っ、どうすれば」
「額だ……、奴が巨大化してからの攻撃は、すべて額から放たれる」

 きっとそこに、集めたデジタルワールドのデータが核となり眠っているのだ。だから、そのデータを解放させれば良いハズだ。

「……他に、方法はないみたいだな」
「俺が賭ける。だから、お前は額を穿け――!」
「何故だ!? 装甲だったら、俺のほうが――ッ」
「格好を付けているわけじゃない! ……さっきも、見ただろう。エネルギー系の攻撃は、奴には通用しない! お前の剣で、奴の額を貫くんだ。他に方法はない!」
「……、分かった」


 すると、カイゼルグレイモンはようやく納得したようだった。何をごちゃごちゃ喋っているのだ! とケルビモンが叫ぶ。そして、額からエネルギーを放った。


「ウオォォォッ!」


 俺は、叫んで特攻する。
 ――カラテンモンと戦ったとき、『お前の心はいつも孤独だ』と言われたことがあった。
 自分の本当の母親は、物心付いたときには既にいなかった。学校の転入を繰り返した。人間関係を築き上げたところで、どうせいつかは別れてしまう。――ずっと、そう思って生きてきた。だが、今は違う。


「無駄な足掻きだ……!!」


 ケルビモンのエネルギー弾に打たれ、装甲が破壊されていく。しかし、俺は前へ、前へ進む。

 この世界にやって来て、皆と出逢った。それでも俺は暫く、真に仲間を信じることができなかった。だが、輝一に逢うと、その迷いは完全に断ち切れた。当然のことだから、気がつかなかったが、俺には家族がいた。人間界には、家族が、いる。そうしたら、俺はあの人を――母さん、と呼ぶ。


「無駄だ!」

 ケルビモンが、ひときわ強いエネルギー弾を俺に放った。身体じゅうが折れそうなほどに、痛い。

「ウオオオッ!」

 しかし、ここで倒れるわけには、いかない。
 想、拓也、純平、泉、友樹、ボコモン、ネーモン、パタモン、そして、輝一。皆、俺の大切な仲間だ。仮に、遠く離れても心はすぐ傍にいると、俺は信じている。――皆がいるから、俺はここにいられるんだ。
 この世界を救うため、スピリットを託してくれた仲間のためにも、俺は――ッ!


「行け、拓也ァァァッ!」

 拓也を、仲間を信じてすべてを託した。――それから、目の前が暗転した。
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