咎を抱えて色褪せる
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「私はあの日渋谷駅で想を見かけて――」


 そして目の前の白蛇はわたしの疑問を悟ったようで、静かに語りはじめた。
 望ちゃんは、わたしと同じように、気を失ってこの世界に迷い込んだらしい。そしてすぐにケルビモンに捕らわれた。そして、それ以来ケルビモンの命に従うようにと脅されてきた。――そうしなきゃ、ケルビモンに殺されるから。
 ヤタガラモンのスピリットは、“不思議な声”によって授かったらしい。ケルビモンはまだ気付いていないけれど、メルキューレモンは望ちゃんがヤタガラモンであるということにまで察しが付いているようだった。


「メルキューレモンは私の正体に気づいているわ。ヤタガラモンとハクジャモンのスピリットが欲しいみたい。だけれど、私はセラフィモンのデータを取り戻して、反旗を翻すつもりでいたから」
「そ、そんな……」


 どうして望ちゃんはそんなに淡々と語ることができるのだろう。――今まで、ずっと一人でその計画を考えていたのだろうか。でも、それは正しいようで少し寂しい。


「……メルキューレモンもケルビモンも、皆でやっつけちゃえばいいんだよ、望ちゃん」


 わたしには力がある。その力を教えてくれたのは、拓也くん、泉ちゃん、純平さん、友樹くん、ボコモン、ネーモン、そして、輝二くんだった。
 皆がいるから、きっと平気だと思える。デジタルワールドに来る前のわたしには、到底思えないことだった。


「でも……そう簡単にはいかない。想は、危ないから戦わなくてもいい」
「違うよ……望ちゃん、わたし、強くなったよ」


 まだまだ輝二くんや拓也くんのように、勇ましく戦うことは出来ないけれど。それでも、わたしは以前よりは強くなったといえる。昔のわたしは、きっとこういう場面では泣いて逃げ出していた。
 ハクジャモンの姿の望ちゃんはわたしを見つめている。目の前の金色の瞳が、潤んだ。



「私はあの日からずっと想に会いたかった。そのことばかり考えて過ごしてきた。想は泣き虫だから、きっと私が階段から落ちたときはきっと泣いていて、泣き虫のまま大きくなったのかと、思ってたの」
「わ、わたしは……ずっと、望ちゃんに謝りたかった。わたしは、卑怯で、あの時逃げた。……勿論、謝っても、赦されないとは、思っているよ」


 仮に望ちゃんが赦すと言ってくれても、わたしはわたしを赦されない。わたしの中には、確かに友達から逃げ出してしまう、弱さがあったから。

「――だから、どうか、わたしに望ちゃんを守らせて」

 わたしは望ちゃんをしっかり見つめて、言う。そして望ちゃんはうんと頷いて手を取った。わたしが逃げ続けてきたぶん、今までの苦しみも、全部わたしが背負うから。
 望ちゃん、正確にはハクジャモンの金色の瞳からじわ、と涙が溢れ出す。



「ありがとう」

 望ちゃんが言う。ありがとうと言うのは、わたしだってそうだ。だから、わたしも声を出そうとした、けれど声帯がふるえてうまく声が出せない。とても、緊張してしまっている。


「の、望ちゃ……、」


 わたしはせいいっぱい声を出して、望ちゃんの名を呼ぼうとした。けれど、それはできなかった。輝二くんたちが消えてしまってから現れた、景色のゆがみがまた再び起こった。
 何かと思って、辺りを見渡すと地の底から真っ暗なモノが這い出てくる。ハクジャモンも、わたしも、離れまいと手を伸ばす。しかし闇の勢いは止まることがなく、ついにハクジャモンだけを包み込んだ。


「の、望ちゃん……!」
『ハクジャモン。お前は忘れてしまったのか。お前は、かつてこの娘に裏切られたのだろう』
「……メルキューレモン」


 ぼんやりとデジモンの姿が浮かび上がる。メルキューレモンの幻影だった。


「違う……、私は、裏切られたなんて思っていない」
『いや、お前は心では裏切られたと思っていたはずだ。この娘は、三年前にお前を見捨てたのだろう』
「望ちゃん……!」


 わたしは彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。わたしは彼女から逃げた。それは、変えられない事実だったからだ。
 ハクジャモンが包まれた闇は、ますます彼女を覆い隠してしまう。



「あ、あ、あ……っ」

 ハクジャモンの瞳が、紅く染まる。ダスクモンのような真紅に染まる。

『ここは、俺の身体の中だ。どうするにも、俺の勝手というわけだ……お前はそのことを忘れていたようだな、ハクジャモン』
「いや……っ」
『すべて、お前の手は読めていたぞ。ハクジャモンでありながら、ヤタガラモンのスピリットを手に入れた娘よ』
「……っ」

 望ちゃんは、震えている。
 わたしは、進化した。

「……、可視光拳!」
『ふっ、無駄だ。俺にその攻撃は通用しない』

 わたしは――シキモンはメルキューレモンに必殺技を向けたが、届くことはなかった。実体ではなく、幻影だからなんだろうか。

「ぐっ……あぁっ、蠱虹、蛇!!」
「うわあああっ」
『……そうだ、それでいい。ハクジャモン』

 ハクジャモンがシキモンに攻撃した。身体が灼けるような痛みで、重苦しくなる。
 このままでは、ハクジャモンは闇に呑まれて暴れたままだ。メルキューレモンは倒せないのに――。

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