逃げて考えること
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対決ボルケーモン! 純平、過去との激闘
 ここは、悪の闘士のアジト。ハクジャモンは自身の部屋へ向かおうとしていた。そのとき、背後からの声に呼び止められ、ハクジャモンは振り返る。声の主は、メルキューレモンだった。
 メルキューレモンとラーナモンが、人間の子どもたちに敗北した――というのは先ほどラーナモンが愚痴をこぼしていたので知っていた。そのことでなければ一体何の用なのかと、ハクジャモンは問う。


「フッ……。ハクジャモン。私はお前の正体を知っているぞ。ケルビモンに利用されし、哀れな少女よ」


 何を言い出すのかと思えば、メルキューレモンはそんなことを言う。
 ハクジャモンはヤタガラモンであり、千代田望であった。ハクジャモン――望も、いくらあがいたところで最後まで自分の正体が隠せるものとは思っていなかった。ただ、自分は比沢想を守りたかっただけ。――それなのに、結局はケルビモンの手の内にいた。


「……だから、何だってのよ」


 ハクジャモンは、メルキューレモンを睨む。メルキューレモンの鏡に、自身の姿が映り、ハクジャモンはまた不快感を募らせる。
 ハクジャモンは、メルキューレモンを倒したかった。セラフィモンのデータを、ケルビモンに献上することなく持ち続けるメルキューレモン。そこに、何か恐ろしい意図があるに違いない。ハクジャモンはそう踏んでいた。


「そう睨むな。私はお前の味方だ――、お前が世のスピリットを渡しさえすればだがな」
「世は善でも悪でもないわ。だから鋼には、渡せない」
「フッ。そう言っていられるのも、いまのうちだ」


 ――今ここで彼に必殺技を喰らわせればいいのに、私はそれが出来なかった。


*
 私は女の子らしいことが嫌いだった。だから、髪は自分で短く切っていたし服も男の子が着るようなものばかり着ていた。当時は何故女の子らしく振る舞うのが嫌なのか、自分でも理由は分からなかった。しかし、今では理由ははっきりと分かる。私は、心の底では母親のようにはなりたくないと思っていたのだ。
 母親は、明らかに私を育児放棄していた。いつも私にお金だけを与えて、ふらふらと遊びに出かけていた母。だけれど、私はそれが当たり前だと思って生きてきたから、母の行動に何の疑問も沸かなかった。お金をくれるのが、母の愛情表現なのだと思い込んでいた。彼に出会う前は、ずっとそう信じていた。
 ――綿津夕樹。身体が弱くて、入退院を繰り返している私の従兄。私が彼と出会ったのは、正月の親戚の家だった。毎年、親戚の家に向かうときだけは母親の選んだ小奇麗な服を着させられた。
 親戚たちが集うなかに、同世代の子どもは私と夕樹だけで、私は夕樹に出会うのはその時がはじめてだった。夕樹は私と違って随分なよなよしていたので、私は最初彼が嫌いだった。けれど、彼は言った。


「何かあったら、僕のところへおいで」


 母親のことなんか何も言わなかったのに、彼はそう言った。感が鋭いのかなんなのかよく分からないが、それまで居場所のなかった私が、初めて受け入れられたような気がしたのだった。それから、私は度々夕樹のもとへ訪れるようになった。
 夕樹のことを考えると、どうしても想と出会った、あの日のことも思い出してしまう。
 三年前のあの日も、いつものように母からお金をもらって昼食のファーストフードを買っていた。その後、病院のエレベーターに乗った。そこには、私と同い年くらいの女の子が母親と手をつないでいた。


「あら、あなたえらいねえ。でも大丈夫?」


 少女の母親が言う。どうしてそんな声を掛けるのか、不思議でたまらなかった。


「途中まで、おばさんが持とうか。そんなに大きいと、大変でしょう」
「……次なんで」


 少女――想は、私の抱えている紙袋を不思議そうに見ていた。私は何となくそれがいやで、俯いて目的の階数にたどり着くと、すぐさま夕樹の入院する病室へ向かった。



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