02

私は苗字名前。

十九才の時、目の前にいる五条悟さんと遊びに行く約束をしていて待ち合わせの場所に行く途中で呪霊に襲われてそれからずっと眠り続けていたらしい。

呪霊ってのは恨みや後悔、恥辱など、人間の身体から流れた負の感情が具現し意思をもった異形の存在で人間を襲う。その時の私は低級の呪霊は祓えていたけど、私を呪った呪霊に勝てず呪われてしまった、との事だ。

五条悟さんによると、私の様にずっと眠り続ける呪いを受けた人は全国各地にたくさんいるらしい。五条さんの知人のお姉さんも呪われていて、何故眠り続けているかは不明だそうだ。

けれど一つだけ分かっている事があって私を呪った呪霊とその人達を呪った呪霊は違うらしい。よく分からないけど残穢が違うから呪いも違うと分かったとの事だ。


五条さんから一通り説明を受けたけど、情報量が多すぎて処理出来なかった。

というか、この人の言う事は本当の事なんだろうか。呪霊とか嘘みたいな話しだし、私の婚約者なのかも疑わしい。新手のドッキリかと思っていた。“ドッキリ!”ってプレートをあげられるのかと思っていたけどそれも無い。

どんな徳の積み方したらこんなイケメンが私の婚約者になるんだろう。私は良いところのお嬢様で五条悟さんに一目惚れしたから、彼を手に入れる為に無理矢理婚約者にした、とかなんだろうか。

「えっと…五条さん」

「だから悟でいいよ。下の名前で呼んでよ」

五条さんのお願いに私は困ってしまった。彼は面識があるんだろうけど、私にとっては初対面の大人の男性という印象しかない。それに綺麗な素顔のせいか中々気軽に彼に接する事が出来なかった。少し考えてとりあえず妥協して彼の名称を決めた。

「なら…悟さん」

悟さんは少し不服そうにしていたけれどまぁいいか、と言って許してくれた。

「名前に悟さんって呼ばれると変な感じがする。ずっと悟くんって呼ばれてたから」

流石に初対面の男の人にくん付け呼びはキツイ。聞けば悟さんは二十八歳らしい。

「若く見えますね。ちなみに私はいくつなんですか?」

「僕と同じ身体は二十八歳。でも精神は十九才のまま」

ややこしいねぇ、と悟さんは明るく笑う。

記憶が無いからかずっと寝ていたからか、自分が大人だと言う実感も無い。けれど何歳の自覚があるかと聞かれたら困ってしまう。ざっと計算すると九年近く寝ていた事になるけど、随分中途半端なキリの悪い年数で起きたみたいだ。


「身体に違和感は?」

「全然動かないです。あと右の首辺りが突っ張った感じがします」

「あー首の違和感は点滴の管が入っているからだよ。寝てたからご飯食べれないでしょ?」

ほらコレ、と言って悟さんは近くにあった点滴の管を見せる。目で追って行くとなんとなく私に繋がっている様な気がした。触ってみたくて手を上げようとしたけど、それすらも叶わない。目線を下に向けて見ようとすると、悟さんが察してくれた。

「点滴見たい?じゃあ洗面所に行こうか」

そう言った途端、悟さんは慣れた手つきで点滴を止める。点滴の管の中間辺りにある接続部分を外して点滴のパックがある所と私と繋がっている管の2つに分離した。そして剥き出しの管の所はキャップみたいな物で蓋をする。

「点滴を止めたって事は今私ご飯中だったんですか?」

「基本点滴は流しっぱなんだ。液が詰まるといけないから」

へーそんなもんなんだ。てかそんな事知ってたり、簡単に外せるって事は悟さんはお医者さんか看護師さんかな?とぼんやり考えていると悟さんはぐっと私に近づく。

「わわっ!」

私の脇と膝裏に手を回し横抱きにされた。これは所謂、お姫様抱っこって奴で急に抱き上げられた私は驚く事しか出来なかった。さっきより悟さんと密着してるからか、温もりが伝わって来てすごく恥ずかしい。私の反応なんてお構いなしに悟さんは私を抱いたまま部屋を移動する。

「ん?どうしたの?」

「恥ずかしいです。」

「照れてんの?かーわーいーいー」

「揶揄わないで下さい!」

そんなやりとりをしている間に私達は洗面所の前に着いた。鏡を覗き込むとそこには綺麗な笑顔の悟さんと不思議そうに私を見つめ返す大人の女性がいた。

「……私?」

「そう、苗字名前だよ。見覚え無い?」

「全然無いです」

「あの頃より成長しているからね、それもあるかも」

寝てても成長するんだ。そうか、生きてるから当たり前か。そう考えながら私はじっくりと自分を見つめる。

これが私か。鏡に写る私を見ても実感が湧かない。例えるなら着ぐるみを着ながら鏡を見ているみたいだ。 

成長した自分の顔を見たのが初めてだったからか、記憶が全く無いからかこの顔が自分という認識は全く無かった。


とりあえず自分の顔は見たので視線を顔から首回りへと移動する。右の鎖骨辺りに点滴みたいな管が私の身体に入っていた。反対側には短くぴょこんと管が出ていてその先端は蓋をされている。そこら辺を全体的に大きな透明のテープみたいな物で覆ってるから突っ張った感じはこれだったのか。

「どう?」

「身体に管が入ってるって不思議ですね。見た目はグロいけど意外と痛くないですし」

「名前が眠り始めた頃から入ってるから痛みに慣れちゃったんじゃない?てか鏡を見て驚かないって事は鏡は分かるんだね」

「……確かに」

悟さんに言われて気付いたけど、物の名前や使い方は分かる。ここは洗面所、下を見れば蛇口があって捻ると水が出る、と分かる。でも自分や悟さんの事は全く分からない。

不思議な事に私とそれを取り巻く人間関係の部分だけがすっぽり抜け落ちていた。 



21.0516




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