■ 06

シギは頭がいい。最初に送ってきた資料にボスや幹部の情報を載せなかったのは自分の身を守る為だ。あそこで俺と取り引きしなければシギもいずれ逮捕されていただろう。

たまたまだと思っていたがあえて俺に見つけさせたのだ、自分の姿を。わざわざ取り引きする為に。


あれから何回も彼女の家を訪ねた。その度にシギについて知っていった。誘拐されてから初めて外に出たのは俺と初めて会ったあの日だったとか、シギとして初めての仕事があの顧客情報を流出させた事件だったなど。

だからいくら調べても彼女の情報が無かったのだ。シギになる前は監禁状態だったから記録にすら残っていないだろう。あれからすぐに組織は壊滅したし、シギとして活躍したのもあの事件が最初で最後だったのだ。


場所は毎回違ったが彼女の住処は外見や中身も似たような部屋だった。和室が好きなのだろうか。彼女を知れば知るほど更に深く彼女を知りたいと思うようになった。



そして彼女と出会って数ヶ月経過した。ネクタイを締め直し彼女がいるであろう部屋のチャイムを鳴らす。ドアが開くと最近は嫌な顔はされなくなった。

「もう来たの?」

会う度に所在地を変えられ、会う度に憎まれ口を叩かれる。だが彼女の正体を知ってから部屋に招かれる事が多くなった。彼女の体調が悪い時は追い返さられたが部屋に入れてくれる方が多いと思う。

「組織の悪事の証拠を公安警察に売って、はいさよならって思ってたのにアンタにここまで執着されるとは思わなかったわ。居場所を変えても突き止めて会いに来るなんて意外と公安も暇なのね。せっかく自由になったのに、アンタが来るたびに引っ越ししなきゃいけない私の身になって欲しいわ」

テーブルを挟んで彼女と向かい会って話す事が当たり前のように感じた頃、苦笑いを浮かべながら話すシギにとの時間が欠かせない物だと思うようになってしまった。


「俺は君に興味がある。いい加減引っ越しはやめたらどうだ?日本にいる限り俺はすぐに君を見つけられる」

「別に私はアンタの事なんて興味ないしこの国にも怨みはないからアンタの敵ではないわよ。だからもう会いに来ないで」

きっとシギの中で俺が会いに来る理由は、公安の仕事で国に仇なす存在だから会いに来ていると思っているのだろう。もしくは逮捕か監視の為とかも思っていそうだ。そんな事、彼女が被害者と知った時から考えてなかった。毎回背広を着ているから仕事中だと思われているが、ここ最近彼女に会いに来る時は完全に私用だ。

「最初に俺を選んで頼ったのは君だ」

「たまたまよ、アンタが公安の中で有能そうだから選んだだけ。別に誰でもよかったの。でも今は後悔してるわ。結局アンタは助けてくれないもの、私は犯罪者だから」

その言葉に胸が痛んだ。たまたま彼女が選んでくれなければ俺とシギは出会えてなかっただろう。彼女からそんな事聞きたくなかった。だが俺もそんな彼女を傷つけた。

再会した時に逮捕すると、許さないと言ってしまったあの時を思い出す。あの冷めたような全てを諦めたような目。被害者だった彼女はどれほど絶望しただろう。彼女は利用されてただけなのに。知らなかったとは言え彼女を傷つけたのは間違いないだろう。


「俺が養えばいいか?」

気付いたらそんな事を口走っていた。なぜそんな事を言ったか自分でも分からない。ただ目の前の彼女の力になりたいと、そう思ってしまった。

俺の心中を知らずにシギは鼻で笑う。

「さすが国家公務員サマは言うことは違うね。でもアンタに養ってもらわなくても私は食いっぱぐれる事はないから安心して」

どうすればいい?どうすれば彼女を助けられる?

「なら俺の協力者になってくれ」

「何馬鹿なこといってんの私は幽霊みたいな存在よ。戸籍も日本人としての名前も何にもないの。…存在しないと言う意味ではアンタと一緒かもね、ゼロ」

公安の俗称の事なのにゼロと呼ばれると意識してしまう。呼んでくれる友はみんな死んでしまった。本名を呼ばれるのもいいが彼女にならゼロと呼ばれても良いと思ってしまう。


「アンタは私にSをさせたいのでしょうけど諦めて。誰かに利用されるのはもうたくさん」

彼女を助ける理由が欲しかった。だが間違えてしまったらしい。

Sとは警察用語で内通者・スパイと言う意味だ。協力者と似ているが罪を見逃す代わりに有益な情報を警察に流してもらっている。きっと組織壊滅のために警察について詳しく調べたのだろう。組織に育てられ社会を知らない彼女は知識は偏っているがハッカーはS向きだ。彼女が俺のSなら他はいらない、それほど彼女は有能なのだ。

だが彼女はまた利用されると思ったのだろう。嫌そうに眉間にシワを寄せうんざりとした表情をしている。

「もう犯罪は嫌なのよ。それがアンタ達公認でもね。いろんな会社の内部情報を見て有益な株の情報を上客に流して真っ当に小金稼ぐ方がいいわ」

「それも犯罪だ」

「そうなんだ、ごめんなさい。二度と口にしないわ」

口にしないと言う事はやる気だな。
しかし彼女が生きるにはそれしか無いだろう。

彼女は自分の事を幽霊や渡り鳥だと言うが、迷子の子猫みたいだ。周りを威嚇し、虚勢を張り自分を強く見せようとしているが中身はただの女の子。組織のせいで大人にならざるを得なかった反面、幼い顔に見合わない矜恃も持っている。


それに気づいてしまった。いつの間にかシギを逮捕する目的では無く彼女の話しを聞きたいと、会いたいと思ってる自分に。彼女を助けたいと言うのは建前で俺の目的は別だと言う事を。


「いつか絶対君の事を捕まえてみせる」

「ふーん、やってみれば無理だけど。いつでも受けて立つわ、降谷零」


宣戦布告を軽くあしらわれ不適な笑みで返された。おそらく逮捕するという意味で受け取っているだろう。彼女は気づいていない、俺の気持ちに。だが今はまだ気づかれない方がいい。彼女に知られる時には外堀を完璧に埋めて逃げられないようにしてからにしよう。


捕まえてみせる。なんとしてでも。
それなら攻め方を変えるだけだ。



20.0923

[ prev / next ]

渡り鳥は救われたい



   
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -