■ 03

降谷零は忙しい。

トリプルフェイスを使い分ける彼は時々家に帰ってこない時がある。零が帰って来なくて今日で1週間、新記録を更新した。シギだった頃は会えなくても平気だったのに、何故今はこんなに会いたいと思ってしまうのだろう。

ダブルベッドは1人で寝るには広すぎて零がいないのをより深く感じてしまう。体調が悪いせいか寂しい、そう思ってしまった。

こんな気持ち前にもあった。あれはまだ誘拐されたばかりの頃だった。私の他にも拉致された子供は何人かいて中には泣き出す子もいたけど、私はずっと恐怖と不安を隠して唇を噛み締めて泣くのを耐えていた。子供だったからかその虚勢は組織の奴らには分かっていたらしく、ニヤニヤあざ笑う組織の奴らが大嫌いだった。奴らの前では絶対に泣かなかったけれど、それでも夜になると寂しくて、悲しくて、助けを求めて夜中声を殺して1人で泣いていた。

体調が悪いと思い出したくない過去まで思い出してしまう。


こんなの私らしくない。どうにかしよう。そういえばこの前見たドラマで彼氏のシャツの匂いを嗅いで精神を安定させていた女がいた。私もやってみようかな。

零の服は全部洗濯しているから意味が無い気がする。私は部屋を見渡しベッドにある零のタオルケット見つけた。零のタオルケットを持ち頭から被り体に巻く。微かに香る零の匂いに少しだけ気持ちが落ち着いた。

零を少しだけ感じてもこの広いベッドで1人で寝るのはやっぱり嫌だと思ってしまう。どこか別の所で寝よう。


部屋を移動するとタオルケットを纏いうろうろしている私を変に思ったのかハロが足元に寄ってきた。ハロと一緒に色々探して最終的にはリビングにあるソファに寝転ぶ。大きめのソファは普段は座ってテレビを見るものだけど、私が横になっても充分な大きさだった。一緒にいたハロもソファに飛び乗り私のすぐ近くに伏せる。

「ハロ…一緒に寝てくれる?」

頭を撫でるとしっぽを振って応えてくれた。ハロを撫でながら目を閉じると求めていた眠気が襲ってくる。やっと寝れそう。微睡の中、零の匂いに包まれて私は意識を手放した。









時刻はまだ日が昇らない夜明け前、仕事がひと段落したので久々に帰宅した。以前なら仮眠室で寝てから帰っていたが最近は名前に会いたくて多少眠くとも無理をして自宅に帰っていた。

起こさないよう静かにドアを開け移動する。名前の顔を見たいがそのまま寝てしまいそうだ。疲れた体に鞭打ち浴室に行きシャワーを浴びる。名前が起きている時は服を用意してから風呂に入るが、今日は腰にタオルを巻いて寝室で服を着る。以前の寝る時とは違い彼女に配慮して一緒に住んでからは寝る時はパジャマを着るようになっていた。


やっと顔を見れる。そう思いながらベッドに行くと誰もいなかった。血の気が一気に引いた。ベッドで寝ていると思い込んでいたから今まで気づかなかった。名前を探して部屋を探し回る。リビングへ向かい電気を付けるとソファーで丸まる彼女とハロがいた。すやすやと気持ちよさそうに眠る名前の姿を確認し安堵する。ハロは俺の気配に気づくと顔をあげて、くはっとあくびを一つした。

「すまないハロ、起こしてしまって。名前を守ってくれてありがとう」

ハロの頭を撫でると伝わったのかソファを降り、自分のベッドへ帰っていった。賢い子だ、今日のご飯は特別に高い物をあげよう。


名前をよく見てみると俺のタオルケットを使っている。色違いで使っているから間違えようがない。少しでも俺の事を求めていたのだろうか。良い傾向だ、早くもっと深く俺を好きになって欲しい。

名前は最近少しずつ色々な事に挑戦している。包丁は使い始めたばかりで片方の手にその努力の成果の絆創膏がたくさん貼られている。この生活に余裕ができたのか最近ではプログラミングの勉強をしているらしい。彼女が社会に馴染みつつあるのは喜ばしい事だが同時に寂しさを感じる。

膝を折り今よりももっと彼女に近づく。起こしてしまうかもしれないと分かっていても触れたくて名前の頭にそっと触れた。


俺はね名前、君と結婚すると決めたとき自分の立場とかよく考えた。周りからの反対もあったが、それでも君と一緒にいたかった。結婚を決める時、相当覚悟したけどそれ以上に離婚も覚悟しなければならなかったから辛かったよ。俺にとってはそっちの方が辛かった。

君の名前を考えて、周りを説得して、君の戸籍を用意するのに1ヶ月もかかったけどその間も君に焦がれた。

君にプロポーズした時、口では簡単に離婚するって言ったけどあんなのただの格好つけなんだ。本当は離れたくないし離婚する覚悟なんてない。名前と一緒に住んでいればいつかは諦めがつくかと思ったが君を手放したくない気持ちが強まるばかりさ。君がいたあの組織のように名前を鳥籠の中に閉じ込めて俺以外会わせないようにしたくなる。俺を好きになってくれる僅かな可能性に賭けてる女々しい男さ。

君は触れる事を許してくれたが今後どうなるか分からない。君が俺じゃない男を選ぶ可能性だってある。名前の為に社会に馴染めるように色々教えているけど、その上でたくさんの人と出会うだろう。その中で君が好きになる男が出てくるかもしれない。好きな子を他の男に渡す手助けもしてるなんて滑稽だ。

好きだから、一緒にいたい。
好きだからこそ、名前の自由にさせたい。

本当は離婚する気はないんだ、絶対君を離す気はない。でもねもし君が他の男を好きになったり、俺に対して恋愛感情が芽生えなかったら身を引くよ。

きっと辛いだろう、けど君の幸せが俺の幸せなんだ。

どうしてそこまで君にできるかわからない。でも、きっとそれが愛だと思う。

愛してる。
だからどうか俺を好きになってくれ。


祈るように彼女の頭にキスをする。本当は口にしたかったがそれは名前が好きな男とするべきだ。本来なら頭にキスするのも良くないがこれくらい許して欲しい。


名前を見て安心したのか眠気がしてきた。気持ち良く寝ている彼女を起こさない方がいいがベッドに運んだ方がいいだろう。風邪をひいてしまうし、それより名前と一緒に寝たい。その為に帰って来たのだ。

リビングの電気を消し、起こさないようにゆっくり彼女の脇と膝裏に手を回し横抱きに抱き上げた。軽い、羽が生えているみたいだ。惚れた弱みか渡り鳥と言うより天使のようだと思ってしまう。寝室に移動してベッドに下ろすとさすがに起きたのか彼女は薄っすらと目を開けた。

「……れ、い?」

眠たそうに目を擦る名前の隣に俺も横になる。

「悪い、起こしたか?あそこで寝てたら風邪ひくぞ」

「べっどは…れーが、いないもの…」

それはつまり俺がいなくて寂しかったのだろうか。あの頃より大分マシになったがこんな素直な彼女は初めてだ。寝ぼけているのか呂律も少し回ってない。

名前は普段寂しいとか言わない。連絡できるようにスマホも与えたが彼女から連絡する事は数えるくらいだ。仕事で多忙な俺を気遣っているのだろう。

すると突然名前は俺の胸に擦り寄ってきた。まさかそんな事をされるとは思わず固まる。そんな姿が可愛くて今すぐにでも襲いたい衝動に駆られる。こんな時でもそう考えてしまうのは悲しい男の性なのだろうか。

「寂しい思いをさせてすまない。俺も名前に会いたかった」

「…うん。だいじょうぶ。いまは、れーがいるから…」

言い終わるとすぐに寝息が聞こえてきた。

艶のある髪、閉じられた目に長い睫毛、張りのある頬そして食べたくなるような唇。名前の全てが俺を誘っているようだ。

したい、ヤりたい、襲いたい。薬物や拷問、ハニートラップに引っかからないように耐性をつける為ある程度訓練はしてきた。それよりもきつい。俺にとっては世界で1番効く拷問だ。さっきまで眠気があったのに名前のせいで目が冴えてしまった。

俺のタオルケットは使われている為、名前の物を自分に掛ける。タオルケットに残る名前の匂いが媚薬のように香る。

参った、寝れないかもしれない。

髪を無造作に掻きながら寝る事に集中する為、煩悩を振り払うように深く目を閉じた。



20.1103

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渡り鳥は救われたい



   
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