■ 02-01

「明日休みだからどこか出かけないか?」

夕食後、お皿を洗っていると零が話しかけてきた。零と一緒に住んでから私の仕事は主に家事になった。けれども私はまだ料理が作れないし出来ない事が多い。零に教えてもらっているので、私は見習いと言った方が正しいかもしれない。仕事で疲れているはずなのによく体力持つなといつも思う。

食器を全て洗い終わり手に付いた泡も洗い流す。タオルで手を拭って零の方を向き直った。

「でも、休みなんだから家でゆっくりしたいでしょう?それに潜入捜査中なのに私と一緒にいて大丈夫なの?」

「2人で住んでから初めての休みだろ?探偵の仕事って言えば大丈夫さ」

「女性と出かけるなんてどんな仕事よ」

「ショッピングモールとか、君行きたがっていたじゃないか」

「ショッピングモール…」

確か前一緒にテレビを見ていた時に複合型商業施設のバライティ特集を見て楽しそうな所ね、と零に言った事があった。お店は今まで行けたのはコンビニかスーパーだけだったから少しだけ憧れもあったと思う。私にとっては敷居が高すぎて避けていた。正直言うと行きたいが零も1日休みなんてそんなに無いから連れ回すのも申し訳なく感じる。

「俺の事はいいから。名前はどうしたい?」

零にそう言われると気持ちが揺らいでしまう。でも彼と住んでから少しだけ素直になろうと決めていた。

「行きたい…かも」

私の答えに零は満足そうに笑った。



次の日は快晴だった。今日は暑くなりそうだから半袖くらいがいいだろう。クローゼットから洋服を引っ張り出し脱衣所で着替えて支度をする。脱衣所は扉があり鍵も閉められる。夫婦といえど着替えはお互い目の届かない所でやっていた。夫婦らしい所は今の所、一緒に住んでいる事と抱き締められた事ぐらいだろうか。

「零、お待たせ。行こう」

支度をして零の待つ玄関へと向かう。靴を履き玄関を出て私たちは初めて2人で外出した。



米花町から少し離れた西多摩市にあるショッピングモールは平日でも賑わっていた。人が多くて圧倒されそうになる。こんな人混みに遭遇するのは初めてだ。

「すごい人…」

「逸れないようにしないとな」

そう言うと零は私に手を差し出してきた。その意図が分からず私は首を傾げる。

「手を貸して、名前」

零にそう言われたので私は同じように手を差し出した。傍から見たら同じポーズをとっているだろう。私の行動に彼は吹き出す。何よ手を貸してって言ったのはそっちじゃない。むくれた私を零は宥める。

「ごめん言い方が悪かった。こうして欲しかったんだ」

零は私の手を取り、深く指を絡めた。よく街中で男女がしているのを見た事がある。手を繋ぐのは2回なのに慣れてないせいか心臓がドキドキした。

「行こうか、名前」

零に手を引っ張られて私は恥ずかしさのあまり彼を見れずに俯いた。



ショッピングモールには色々なお店があった。洋服や雑貨品、飲食店や本屋まで。行儀良く並べられたショップの数々に思わず息を呑む。すごい広さとお店の数だ、今日一日で周りきれるだろうか。

私たちはまず女性用の洋服屋に入った。

「好きな服を探すといい」

「買うつもり無いからいいわ。お金も勿体ないし」

零と住む事になってからシギとしての仕事も辞めてしまった。家事報酬として零からいくらか貰っているが、自分の事にはあまり使いたく無い。彼から貰ったお金は食費に少しだけ使っている。もちろん食費も充分にもらっているので食費はすごく余っていた。

「気に入ったのがあるなら俺が払うよ。それに君の私服はどれも似たようなやつじゃないか。お洒落とかしたくないのか?」

「いらない。服なんて体温調節ができれば似たような物でいいじゃない。お洒落とかよくわからないしこれ以上、れ……透の世話になりたくない」

零と言いかけて安室透の事を思い出す。周りには誰もいなかったから聞かれなくてよかった。零には色々してもらっている。私が返せる事はごく僅かだ。だからこそこれ以上迷惑はかけたくない。


組織にいた時の服はずっと無地のシャツとズボンだった。今も似たような服しか持ってない。お洒落よりも肌触りや着やすさ重視だ。それに自分に似合う服なんてよくわからない。

「新しい洋服を選んだりするのは嫌なのか?」

「これは着たくないとかはあるわ。でも何を選んでいいか分からないの。似合わない物を選んで人に笑われるのも嫌だし……」

零はなるほど、と呟いた後店員に声を掛けた。

「すみません」

「はい」

店の奥から店員が出てくる。細くて洋服がよく似合っている綺麗な人だ。よく見たらお店の服と同じ物を着ている。

「彼女に似合う服を選んでくれませんか?服を選ぶの苦手みたいで」

「かしこまりました!そうですね…こちらのトップスとかはいかがでしょうか?試着も出来ますので、こちらへどうぞ!今こちらに合うボトムスを数点持って来ますね」

店員に早口で捲し立てられると何も言えなくなってしまう。困って零を見るとニコニコ笑ってこれもいいんじゃないか?と上着を勧めてきた。店員に対してトラウマがある為こうなったら私にはどうする事も出来ない。零はその事を知ってるからあえて店員も交えたのだろう。このまま洋服を買う事になりそうだから、彼の作戦勝ちのようだ。私は観念して店員が持ってきたお勧めの洋服を数点受け取って試着室の中に入った。


自分では似合う似合わないがよく分からなかった為、試着した後は零と店員のチェックが毎回入る流れになった。零は私の好みも聞いてくれたのでお陰で私も気に入った物を選ぶ事ができた。

お金の事でも私たちは揉めた。自分で出すつもりだったのに私が元の私服に着替えているうちに零は会計をしてしまっていた。お店を出た後、私はお金を出すと言っても零は絶対受け取ってくれなかった。こういった時は男が出すとか君は今は専業主婦だからと言われ私は諦めて彼の好意に甘える事にした。


その後も他のお店を巡り私の私服を購入してくれた。これも社会勉強だと言いくるめられ、気づいた時には大量の紙袋が私たちの手元にあった。たくさんの紙袋を抱えた零と少しの荷物しか持っていない私。自分の荷物だから持つと言ったが断固として持たせてはくれなかった。


ふと、零の手を見る。さっきまで繋いでいた手は私の荷物で塞がれていた。



20.1021

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渡り鳥は救われたい



   
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