逃避行 | ナノ
半年前、桜も散りかけたあの日私は久々の連休を満喫していた。新作の洋服でも見に行こうかと考えていると目の前の高齢男性が急に倒れたのだ。

「だ、大丈夫ですか?」

男性に駆け寄ると胸を押さえ苦しそうにしている。どうしよう。周りの人は誰も立ち止まらず素通りしてしまう。立ち止まっても少し離れて見ているだけだ。とりあえず救急車を呼ぼうとスマホに手を伸ばしたとき

「どうしました!?」

彼に出会ったのだ。

「急に胸を押さえて倒れてしまって…」

「わかりました。では貴女は救急車に連絡してください。そこの貴方はあの建物にはAEDがあるはずですから取ってきてもらっていいですか?」

彼は近くで見ていた男性を指差し指示を出す。彼に指名された男性は慌てて建物の中へと入って行った。私が救急車を呼んでいる間彼は男性に心臓マッサージを施し、その後来たAEDも的確に使用し、救急車が来るまで彼は休まず男性に心臓マッサージを続けていた。

救急車に運ばれていく男性を見送った後、彼を探すと近くのベンチでぐったりと項垂れて座っていた。ドラマで言っていたけど心臓マッサージはすごく体力を使うと思い出した私は自販機でお茶を買い彼の目の前に差し出した。

「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」

俯き気味だった彼の顔が上がり目が合う。彼の綺麗な青い瞳に思わず驚いてしまった。さっきは気づかなかったけど、かなり顔が整った人だ。褐色の肌に金髪碧眼。もしかしてハーフだろうか?

差し出されたお茶にありがとうございますと受け取った彼は蓋を開け一気に飲み干す。暦の上ではまだ春だが今日は暖かく相当疲れただろう。よく見ると額に汗も滲んでいた。

「こちらこそ、ありがとうございます。私駆け寄ったのまでは良かったんですけどパニクっちゃって。貴方の指示が無かったらあの人助からなかったかも知れません」

「いえ、僕も貴方がいなかったら助けられなかったと思います。失礼ですけど貴女は?」

「私、苗字名前って言います」

「名前さん、素敵なお名前ですね。僕はーー…」


その後彼の誘いで近くの喫茶店でお茶をした。連絡先を交換しその1ヶ月後私達は付き合うようになった。




私を好きだと言ってくれた彼の名前は珍しい名前だった。だからあの時気づくべきだったんだ。彼の名が本名ではなく偽名だって事に。







タクシーを降りる前に曲がったRX-7の後を追ったけどそこには何も無い。周りを見渡すと錆び付いた工場がいくつか建っていた。人気もなく手入れもされていない所をみると大分前に潰れてしまったのだろう。彼の手がかりもなく適当に港を歩く。敷地内は意外と広く、もう諦めようかと思った矢先にどこからか話し声が聞こえて来た。

辺りを見回し声の元を辿るとすぐ近くの建物の中で誰かが話しをしていた。丁度お腹くらいの高さに握り拳ぐらいの穴が空いていたので、しゃがんで覗き込むと彼の後ろ姿が目に入る。どうやらもう1人いて誰かと話しているようだ。
夕陽が差し込み、彼の金髪がキラキラと輝いていて中の様子もはっきり見えた。


「…ーーんで次の任務だ。お前ならすぐにできるだろう」

「少しは休ませて欲しいですけどね。貴方が代わりにやってくれませんか?」

任務?何の話しだろう。
途中からだからか意味がよくわからない。

「何言ってるんだ、情報収集及び観察力・洞察力に恐ろしく長けた探り屋だろ。こんな任務簡単じゃねぇか」

「えぇ、貴方の事も知っていますよ。貴方も気をつけた方がいい。知ってるんですよあの事」

「おいまさかバラす気じゃないだろうな?」

「まさか興味ありませんよ。貴方が僕に敵対するなら状況は変わるでしょうけど」

「脅かすなよ。頼むぜ、バーボン」

バーボンと呼ばれた彼はやれやれと肩をすくめる。


バーボン
確かにそう呼ばれていた。
これで3つめ。
私の恋人としての偽名、本名、そしてバーボン。
一体どれが本当の彼か分からなくなる。


彼らは会話を続けながら懐から何かを取り出す。目を凝らして見てみると2人の手には真っ黒な拳銃が握られていた。思わず息を飲む。実物は見たことないけれど、それが本物だとなぜか分かってしまった。



「にしても、運が悪いな」

「すみません多分僕のせいです。気づいていたんですが港の中まで来なかったから気のせいかと思って。まさか歩きで来るとは」

「狩りには丁度いいじゃねぇか。楽しもうぜ」


その瞬間彼らはこちらを見た。

私は驚いて尻餅をつく。その瞬間さっき話していた内容が私の事だと分かった。聞いてはいけない事を聞いてしまったのだ。だとしたら私は殺される。

慌てて起き上がり来た道を駆ける。
やばい、どうしよう。
後ろから待て!と怒鳴り声が聞こえる。
そして乾いた銃声。
恐怖で息が上がる。
死にたくない。そう思った時目の前に赤い車がすごい勢いで飛び出してきて急ブレーキで止まった。そして眼鏡をかけた男性が運転席から身を乗り出し助手席を開ける。

「こっちです!さぁ早く!」

知らない人だがこのままだと追いつかれて殺されてしまうかもしれない。
私は残された最後の力で助手席に飛び乗った。


ドアを閉めた瞬間すぐそこまで来ていた彼と目が合う。
彼は一瞬だけ驚くとすぐに表情を変えるその目は怒りに満ちていた。


「伏せて!」

運転席にいる男性の手によって強い力で頭を下げられた。外せなかった目線が強制的に外される。車は急回転し敷地を出るとあっと言う間に離れていった。


息が上がって苦しい。

しばらく経っても私は伏せたまま動けずにいた。

まだ生きた心地がしなかった。

さっきの彼の目。

私に向けられた絶対零度の瞳が恐ろしくてたまらなかった。


20.0826

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