逃避行 | ナノ
 
名前に見られてしまった。何故彼女がここにいたんだ?あの男に付けられてたのは分かっていたが、彼女の事はさっき姿を確認するまで気付かなかった。よりにもよって最悪のケースだ、早く弁解しなくては。このままでは俺の事を……


「どうするよバーボン。早いとこあの2人を始末しねぇと、俺たちがやべぇぞ」


男に声をかけられ我に返った。

頭の中で今後自分がやるべき事を瞬時に組み立てる。名前に見られて気が動転していたが、意外と次にすべき事を考えるくらいは冷静だった。

そうだ、この男の言う通り始末しなければ。

拳銃を持つ右手に力が入る。男を見ると一般人に見られたと組織に電話で連絡していた。余計な事をしてくれる。仕事が増えてしまった。男が連絡を終えた所で笑顔で話しかける。

「そうですね、始末は僕に任せてくれませんか?」

男は焦ってはいたものの、俺の表情に安心した様子だった。バーボンとしての実績を知っているからか油断させる為の演技力のせいか完全に隙ができていた。どっちにしろ油断してくれるのなら丁度いい。

「おう、頼むぜ」

そう言って踵を返した男の背中に銃口を向け、迷う事なくトリガーを引いた。躊躇いなんて物は無く、無表情で男の悲鳴をかき消すようにその背中に何発も弾を撃つ。全弾撃ち込むと男はピクリとも動かなくなった。辺りには静寂と嗅ぎ慣れた硝煙の匂いが充満する。


名前の顔を見たこの男を生かす理由なんて無い。彼女を消したと言って街中で偶然にも出会ってしまったら名前も俺も危険だ。それに敵対するなら状況も変わるとさっきこの男に伝えていた。名前を殺そうとするなら俺の敵だ。

組織の中枢に入り込む為にこんな事は何回もやってきた。この男は組織の金を横領していた。いずれ粛清される運命だ、それが早まっただけの事。


理由はどうあれ俺は初めて私情で人を殺した。


それから男を横領で粛清したと組織に伝えた。そして目撃者を消す為に今から動く事も。俺が殺した男の処理や横領の証拠など説明していたら大分時間がかかってしまった。

組織から解放され、自由に動けるようになったのは次の日の明け方だった。



「風見、若い女性の身元不明の遺体があったら確保しといてくれ。損壊が激しいものがいい」

「わかりました」

愛車の中で風見に電話で連絡を入れて名前の代わりになってくれる遺体を用意させる。

表向きは名前は死んだ事にしなければならない。顔を知っている奴は死んだが監視カメラなどで調べればバレてしまう。そこまではしないと思うが念の為だ。だから遺体の損壊が激しい物にした。顔の判別が出来ないから都合がいいからだ。

ほとぼりが冷めるまで彼女の為に軟禁させなければ。名前の職場に連絡を入れ退職させて準備は整った。後は彼女を迎えに行くだけだ。やっと名前に会えると分かると高揚感が芽生えてくる。仕事も辞めさせたから、ずっと俺のそばにいてもらおう。


彼女が今どこにいるか調べる為、ノートパソコンを立ち上げる。名前のスマホのGPSを調べたがあの男の入れ知恵か電源を切ってて途中から追えなかった。どいつもこいつも余計な事ばかりしてくれる。まあいい、他にも名前を探す手立てはある。


すぐ迎えにいくよ名前、俺は追跡も得意なんだ。


Nシステムで沖矢昴の車のナンバーを調べる。車を使っていたから、これを使えば簡単に名前達の足取りを追えた。途中入った店の監視カメラをハッキングして店内にいる2人の様子も漏らさずに見た。車を捨ててタクシーを拾う可能性があったからだ。しばらくは名前達が衣類量販店やコンビニで買い物をしている様子を感情を殺して眺めていた。

名前は緊張しながらもあの男と楽しそうに買い物をしていた。傍から見たらそれはまるで恋人同士みたいだった。

2人の姿に俺は奥歯を噛み締める。

何故お前が彼女の隣にいる。そこは俺の居場所のはずなのに。名前と外で出かけたのは遊園地のアレっきりだ。恋人の俺ですらまともに出かけられなかったのに何故俺が出来ない事をお前がする。

初めのうちは気持ちを抑えながら監視していたが、徐々に燃え上がるような怒りが沸々と湧き上がる。

自分の都合で外出できず彼女に我慢させていたと分かっていても、沖矢昴の隣で笑う名前を愛想笑いでも許せなかった。


最後に2人が向かったのはホテルだった。名前があの男に連れられてホテルに入るまでは我慢したが同じ部屋に入るのを見た瞬間、耐えきれず拳で画面を叩き割った。穴の空いたパソコンはしばらくすると何も写さなくなった。


あいつは俺が大切にして来たものを全て奪っていく死神だ。あのホテルに乗り込み今度こそ確実にあの男を殺そう。そして名前を取り戻し2度と逃げないよう俺の元に置いて置かなくては。

一時的に休戦していた事なんてどうでもいい。車のキーを回し名前達が泊まっているであろうホテルへと向かう。シートベルトを装着して車を走らせようとアクセルを踏む直前、助手席に置いていたスマホから着信を知らせる音が響く。


横目で確認すると名前からの着信だった。



20.1024

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