ミステリートレインでシェリーという女性を保護できなかった。それを取り返す為に今まで以上に身を粉にして働いた。
その頃からだろうか、名前が何やら考え込むようになったのは。
「名前さん?」
「え?ごめんなんだっけ?ぼーっとしちゃってた」
何か悩みがあるなら相談して欲しかったが、言いたくないなら追求しない方がいいと思った。その時はそこまで深刻に考えていなかった。
だが、それからすぐに名前が俺に嘘をついていて、隠し事をしていると気づいた。
悩んでいる理由を聞く度に、それが何回も変わる。仕事が上手くいってないとか、友達と喧嘩したとか。理由が統一してないのは嘘だからだ。見抜くのは容易かった。
隠し事をされていると嫌な事を考えてしまう。この仕事をしていればよく聞く話しで浮気か別れを考えているかだ。
浮気は彼女に限ってそんな事は無いと疑いもしなかった。だからするとしたら別れ話しの方だと。いくら彼女に愛を伝えた所で名前が必要している時には会えない。連絡もマメにできない。加えて周りには恋人同士だとは言えない。俺に不満が募るのは当たり前だった。
だか俺もせっかく出来た最愛の人を手放すほどお人好しではない。もし別れ話しをされても引き止めて説得するつもりだった。
名前を繋ぎ止める為にあの手この手で彼女に尽くした。彼女が好きな料理を振る舞ったり、抱き締めて愛を囁いたり自分が出来る限りの事をした。それでも名前は以前のような心からの明るい笑顔を見せてはくれなかった。それどころか名前の瞳は悲しみを帯びていって、何かを言い出そうとしている様だった。
愛を分かち合う為にキスした後も、身体を重ねている時も何故だか名前は悲しそうに俺を見ているような気がした。
「名前さん」
「零くん…」
名前を呼んで欲しくて彼女に呼びかけても苦しそうに、まるで絞り出すようにしか呼んでくれない。
その度に俺は気づかないフリをして名前に深く口付けたり、抱き締めたりして名前の瞳を見ないようにしていた。
会えば笑顔を向けてくれるが無理をして笑っている。その瞳を見る度に別れを切り出されるかもしれないと思ってしまった。だから深くは聞けなかった。
どうすれば以前のように戻れるか自問自答を繰り返し、別れを切り出されるかもしれない恐怖に怯え、それでも名前が心配で気遣う事しか出来なかった。
「名前さん、最近元気が無いけど大丈夫ですか?」
「ありがとう零くん、大丈夫だよ」
この会話も幾度となく繰り返した。答えは毎回同じで名前はいつも泣きそうな笑顔でそう言っていた。
それからしばらくして沖矢昴が赤井秀一と分かり工藤邸に乗り込んだが結果的には一時的に休戦という形をとった。
不服だったが黒の組織を壊滅させる為だと自分に納得させた。
名前は相変わらず何かを悩んでいるみたいだった。なんだか痩せたようにも思う。そう思っていても彼女と向き合えなかった。自分が嘘をついている後ろめたさもあったのだと思う。名前といるだけで幸せだった。もし聞いてしまったらそれを皮切りにこの関係が崩れてしまいそうで怖かった。
そんな事を考えていると組織から連絡が入った。任務の依頼らしく直接会いに行かなければならなくなり、待ち合わせの廃工場まで車を走らせる。
しばらくしてあの男に付けられていると気付いた。撒いたが付いて来るので何かあるのだと思いそのまま尾行させた。組織の連中にバレたらその時は殺されてしまうが、そんな男ではないと分かりきっている。腹立たしいが。
廃工場に着き、組織の構成員の男と話していると途中から人の気配を感じた。FBIが気配も消せないとは呆れる。まるで一般人だ、気配がだだ漏れだ。奴も気づいたらしく拳銃を取り出し気配の主の後を追った。
逃げていたのは女だった。何故か見覚えのある姿に背筋が凍る。
まさか…そんなはずは……。
最悪の事態だ。男は拳銃を名前に向けた。
「よせ!」
男は静止を聞かず発砲した。幸いにも当たらなかったがこのままでは危険だ。再度男が発砲しようとした時、沖矢昴の車が飛び出してきて名前は助手席に飛び乗った。
愛しい彼女と目が合う。初めて見た怯え切った目に一瞬時が止まった。
名前と目が合い動揺したが、それと同時にあの男が彼女を助けたと言う事実に強烈な怒りを感じた。彼女を守るのは俺の役目だったはずなのに。
名前を乗せた車は急発進して俺たちの前から姿を消した。
20.1114
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逃避行