006話 積もる話はお家で



年甲斐もなく、涙腺を決壊させて大声を上げて泣く私を、凛はただ黙って腕の中に抱いてくれていた。背中をポンポンと優しく叩く手がとても優しくて、凛の匂いがいっぱい肺に入ってきてひどく安心した。

 ゆっくりゆっくり落ち着いていけば、今の自分の状態に羞恥心がこみあげてくる。鼻をすすりながら固まる私に気が付いたのか、凛が動いた。背中に回っていた手が、両頬に添えられて、顔を覗き込まれる。


「落ち着いたか」
「ご、ごめっ……」


ずず、と鼻をすする私を見て、凛は小さく笑った。少し困ったように、でもどこか安心したように。凛の肩口が私の涙でびちょびちょだ。凛は気にした様子もないけれど、濡れたまま返すわけにもいかない。

それに、まだ、一緒にいたい――なんてのは、私のわがままだ。


「凛、家寄って行って」
「いや、帰る」
「だ、だめっ!」


とっさに、私から身体を離して立ち上がる凛の腕にしがみつけば、きょとんとした凛の瞳がこちらを見下ろす。四年ぶりの再会に何もないのか、と言いたいほどに、凛は普通すぎてだと思う。

もっと、こう、なんかないものだろうか。


「んだよ。……つか、やめろ、それ」
「何を?」
「いや、だから……ああ、もういいわ」
「え、何でそんなでっかいため息つくの!?」


小首を傾げて凛を見上げる私を見て、顔を逸らす凛は、さっきまで被っていたキャップを深くかぶりなおした。何をそんなに顔を隠したがるんだ。とか疑問に思ったけど、キャップに隠れた顔が少し朱かったような気がしたので、黙っておいた。

照れているのだろうか。何にかはよくわからないけど。


「と、とにかく家きてください!」
「何で敬語だよ」
「いいから!」


その気になれば振り払えるのに、そうしないのならば、行きたくないというわけではないようなので、これは強制的に引っ張っていくに限ります。ハルと、こういうとこは一緒だよね。

――とまあ、家まで引っ張ってきたわけですが……。


「久しぶりですね、松岡くん。まつり泣かして何のこのこ家まで来ているんですか?しかも、こんな夜遅くに」
「!……えっと」
「に、兄さん!違うの!」


帰りが遅いことを心配していた兄と家の前ではちあわせし、笑顔でさらっと怖いことを口にする兄に、わたわた慌てたのは、私の方だった。凛は、若干、私の後ろに隠れるように後退している。


「凛とそこでばったりあって、そんで、私が勝手に泣いちゃって!でね、凛の服濡らしちゃったから、その、兄さんの貸してほしくって!」
「は?(いやいや、ねーよそれは!つーか、お前の兄貴の目、笑ってねーし!」


凛が心中で何を思っていたのかは、よくわからないが、逃げないようにがっしりと腕を掴んだまま離さずに兄と向き合っていれば、暫くして小さく溜息をこぼした兄が了承の意を下した。

先に家の中に入る兄に続いて、足を踏み出せば、ぐいっと後ろに身体が引かれた。


「凛?」
「俺、帰るわ」
「駄目だって。服は洗って返すから、とりあえず、兄さんの――」
「いや、これくらい何ともねーから」


何で、そんなに帰りたがるの?
私、凛と会えてすっごく嬉しくて、いっぱい話したいこともあって、次、いつ会えるかもわからないのに。


「――凛は、やっぱり私と会いたくなかった……?」
「は?何でそうな――待て待て。泣くな」
「別に……」


先程大泣きしたせいか、涙腺は大分弱くなっているようで、気を抜くと涙がこぼれてしまいそうだった。凛が眉尻を下げて心配そうにするから、必死で押しとどめたが。

俯く私と押し黙る凛との間に微妙な沈黙が落ちる。

こんな空気を作りたかったわけではない。ただ他愛もない話を、これまで離れていた分をうずめるような話をしたかっただけだ。


「……まつり」
「?」


長い沈黙の末、その空気を打破したのは、意外にも凛の方だった。呼ばれて顔を上げた私は、背中を向けて顔だけこちらを振り返る凛を見上げる。


「俺が先入るわけいかねーだろ」
「!……うん!」


凛のこういうところが大好きです。




(積もる話はお家で)
凛、私の部屋行ってて!
まつり、こんな時間に部屋に入れちゃだめですよ
なんで?
……
兄さん?
松岡君、遅くならないうちに帰ってくださいね
……ッス


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