004話 ゆびきりげんまん



「黒子っち、お風呂――」
「しーっ」


涼太兄がお風呂から上がってきて、居間に顔を覗かせたと同時に人差し指を口に当てれば、こくこく、と頷いて静かにしてくれた。机に突っ伏して寝てしまった兄さんに掛布団をかけてから、お番茶を淹れて涼太兄の前に置く。

小さくお礼を言う涼太兄の髪からは、滴がぽたぽたとこぼれ落ちていた。


「風邪ひいちゃうよ」
「うわっ」
「もう、アイドルなんだから。どうせ、マネージャーさんの反対押し切って家下宿してんでしょー」


肩からかけていたタオルを引っ張って、頭の上にかぶせるとわしゃわしゃと少々乱暴に手を動かす。体調管理くらいしっかりねー。と呟けば、びくりと肩が跳ね上がった。何でばれてる?とか思ってるのだろうか。こんなの私だけじゃなくて、兄さんも気が付いてると思うけど。


「ねえ、まつりっち……」
「んー?」


髪の毛をふく私にされるがまま、ちん、としていた涼太兄が発した弱弱しい声に耳を傾けていれば、急に手首を掴まれたことで、髪をふいていた手が止まった。


「涼太兄?」
「俺も、こっち戻ってこようかなー、とか思ってたり、して……」


この人は、一体何を弱気になっているのだろうか。
アイドルとして、有名になって人気も勝ちとって、こんな田舎に来てまでも大勢の人に囲まれているのに、何をそんなに弱気に――。


「こないだ、青峰っちと火神っちと三人で飲みに行って……」
「うん…」
「学生時代の話になったンスよ。勿論、まつりっちの話とかも出てきて」


うん、それはあんまり嬉しくない。
大我さんはまだしも、大ちゃんが私の話でまともな言葉を発するとは思えない。小学生だった私にとんでもないことを教えた人だ。後で兄さんにこっぴどく叱られていたようだが。


「そんでなんか、懐かしくなって……、また、バスケしたいなあ、とか思って」
「うん……」
「何か、今って目標とかそーゆーのなんもなくて、……毎日笑顔つくって、誰もいない家に帰って、寝るだけとか、……なんか違うンスよ」


あの頃みたいに、バスケして、限界まで体力削って目指してたもんに必死になって手を伸ばして頑張ってた頃とは、何もかも……。

そう続けた涼太兄は、タオルをかぶったまま俯いているので、どんな表情をしているのかはわからない。だけど、肩が震えていたので、何となく察しはついた。兄さんを気遣って声を小さくしてくれている分、震えはよく見て取れた。


「まつりっち、俺、アイドルやめたら、駄目っすかね?」


ここに泊まる為の口実に仕事の話をしたのだろうということは、今分かったが、もしかしたら兄さんは知っていたのかな?涼太兄が心の底に抱えていた悩み。

だから、今回の新作、締切間近になって書き直してるのかな。


「駄目っすよ」
「え……?」


漸く顔を上げた涼太兄の額にこつん、と自分の額を合わせた。慌てた声を上げる涼太兄を無視して、恥ずかしい気持ちを押し殺して、目を閉じる。そうしたら、真っ暗で、何も見えないから、思っていることをそのまま口にできる気がした。


「私、昔言ったよね?」
「え、っと」
「涼太兄はキラキラしてて、王子様みたい!」
「っ!」


無邪気に発した私の言葉に耳まで真っ赤になった涼太兄の顔を今でも覚えている。周りで皆がからかって笑っていたのも、兄さんがじと目で、涼太兄を見ていたのとかも。今では懐かしい思い出だが、これは決して忘れてほしくない言葉でもあった。


「目標がないと輝けないと思うんだ、私」
「え……?」
「初めて涼太兄が映画主演決まった時ね、私、何度も劇場行ったの。兄さん引っ張って行ったり、桃姉ちゃんとか、征兄とか、引っ張って」


キラキラしてたよ。涼太兄、バスケしてた時みたくキラキラしてて、すっごいかっこよかった。そう言えば、言葉に詰まったらしい涼太兄が、私の身体ごと腕の中に抱え込んだ。


「ずるいっすよね、そういうの」
「えへ」
「そんなこと言われたら、俺、やめるとか言えないし…っ」


本当は、私だけではないと思う。なんだかんだ、昔の仲間は皆、涼太兄が活躍しているのをチェックしているし、嬉しそうにしている。がんばれと、応援してくれているのを私は知っている。


「目標は、私が決めてもいい?」
「いいっすよ。もう、何でもやってやるっすから」
「兄さんの――」
「?」


傍で眠っている兄さんを伺い見てから、少し身体を離して涼太兄に笑いかける。


「兄さんの新作、絶対売れると思う。だから、映画になったら、主演勝ち取って」
「!……」
「涼太兄にしかできない役だと思う。絶対に他の人に取られたりなんかしないで」


兄さんがこれまで出版したものは面白いけど、万人受けはしないものだった。でも、これには兄さんなりのこだわりがあるし、私も兄さんの世界観が好きだから、分かってくれる人がいればいいとだけ思っていた。

だけど、今回のは違う。


これは、万人受けというか、誰もが必ず通る道を描いて共感を得られるものだと思うから。だからきっと、バカ売れすると思う。そして絶対映像化すると思う。多くの人が手に取って、共感を得られる主軸を演じられるのは、涼太兄だけだと思うから。


「約束」


小指を出す私に一瞬、きょとんとした涼太兄だったけれど、直ぐに意図を察してくれたのか、小指を絡めてしっかりと指切りをしてくれた。

私と涼太兄の約束。これが叶うとき、きっと今以上に輝く貴方にこれ以上ないくらいに惹かれるのだろう。




(ゆびきりげんまん)
※まつりちゃん入浴中。
よかったですね、黄瀬君。
!?お、起きてたンスか!?
……まあ、こっちに戻ってこようかな、あたりから
最初から!?
まつりと僕をがっかりさせないように頑張ってください
!……勿論ッスよ!


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