043話 譲れない心が火花を散らす



私が部活に復帰して、何日も過ぎ、怜君が泳げないのは、水着のせいなんだという結論に至ったらしい彼に付き合って、水着を選ぶことになってしまった私たち岩鳶水泳部は、只今試着室を貸し切っております。


「まつり先輩もどうですか?」
「私はいい……っ」


キラキラと目を輝かせている江ちゃんをどう、どう、と宥めるも、人の話を聞かずに、取り敢えず一着でも、と私に押し付けてくる。

この間、江ちゃん選んだの頂きましたよ?


「まつり、こっちはどうだ?」
「ん?何が変わったのか、わかんない」
「……そうか」
「まつりちゃん!これどうどう?」
「んー、可愛いんじゃない?」
「もーちゃんと見てよーっ」
「まつり先輩!これなんてどうでしょう?」
「……それはない」
「なっ!!」


もう、なんていうか、センス壊滅。
ハルはまあ、いつも通りだから、いいんだけど。極端なデザイン選ぶなぁ。


「皆、柄重視だね」
「!……まこ、似合ってる。かっこいいよ」
「!そ、そうかな?」


「「「――っ!」」」


まこの美的センスを見習えっての。
固まってる三人をよそに、江ちゃんはいまだ、私の水着をあさってらっしゃるので、ちょっと一休みしよう、と声をかけた。


「あ、外に自動販売機有ったので、飲み物でも買ってきます!」
「あ、私も行くよ!」
「先輩は、それに着替えておいてくださいね!」
「ちょっ!」


それってどれだ!
こんな布の面積もあんましないものを着ろと!?

困惑する私を皆が囲んで楽しそうに笑う。


「着ないから!」
「えーもったいなぁい!着るだけタダだよ!」


ぐいぐい私の背中を押して試着室に押し込もうとする渚に負けじと体重をかける。


「じゃあ、僕らあっちで水着見てるから。ね、着るだけ」
「絶対覗かないでよ!」
「わかってるってー」
「俺が見張っておくよ」
「僕は決して覗きなど!」
「俺はここにいる」


ぞろぞろと皆で水着売り場へと向かう中、ハルが一人、試着室前に残った。じと目でハルを見やれば、「覗いたりしない」と一言。


ふいっと顔を逸らすハルを信じて試着室に入り、さっと服を脱ぎ、試着してみれば、身体のラインがはっきりと浮き出る。

この間凛にもらったのより、すっきりしてて、大人っぽい印象を受けた。


「まあ、こういうのも……」

「ハル?」
「凛……」

「ん?」


外から聞こえてきた馴染のある声にはっとなって、カーテンを開けようと手を伸ばすが、咄嗟に動きを止める。今、この格好で出るわけには――。

そう思ったけど、凛の舌打ちとあまりよろしくない空気を感じとり、止めなきゃという意志が先行して身体が勝手に動いた。

カーテンを開ければ、目の前で目を見開く二人の顔が飛び込んでくる。


「まつり!?」
「!っ……」

「みっ見ないで!」


見ないでって、何言ってんだ私!咄嗟に飛び出しておいて、何も考えなしだった。しまったと思った時にはもう、遅かった。


「なんつーかっこしてんだお前!」
「まつり、目のやり場に困る」

「う、ご、ごめん」


しゃがんだまま二人を見上げれば、みるみるうちに真っ赤になる二人に慌ててカーテンを閉めて、試着室に逃げ込んだ。あー私のバカー!


「ちょっとハル、面貸せ」
「わかった。でも、まつりを一人置いていけない」
「真琴が今ので気づいてる。大丈夫だ」
「……わかった」
「まつりついてくんじゃねぇぞ」


カーテンを背に二人の会話に聞き耳を立てていたことがばれたようで、凛の釘をさすような物言いに思わずびくりと肩が跳ね上がった。私がしようとしてることなんて、彼にはお見通しのようだ。

取り敢えず、着替えないと。


二人だけで話があるなら、私が立ち入っていい話ではないのだろう。

ここは、凛に従おう。






・・・・・

「ハル、この三年間何やってた。お前はこんなもんじゃねぇだろ」
「オーストラリア帰りの奴には適わない」


そんな話だろうと思った。


「馬鹿にしてんのか」
「してない。この前の勝負はお前の勝ちだったろ」
「今のお前になら勝てて当然だ」
「勝ちは勝ちだ。お前は俺に勝った。それでいいだろ」
「よくねぇ!もう一度ちゃんと勝負しろ!」


凛の言うちゃんと勝負ってのは、こないだのあれとは違うのか。なあ、凛。お前は何をそんなに俺との勝負にこだわってるんだ。何がそんなに気に入らない。


「じゃねぇと、俺が前に進めねぇ」
「……面倒くせぇ」
「っ」
「……俺はフリーしか泳がない。お前の為に泳ぐんじゃない」


心の声が思わず口をついて出た。凛、俺は昔から、フリーだけだ。誰かの為に泳ぐとか、何かに向かって泳ぐとか、そんなもの俺にはないし、押し付けられても、受け取れない。


「いいや、お前は俺の為に泳ぐんだ」


ガシャン、と金網の揺れる音がする。
押し付けられた身体が少し軋んだ気がした。

凛が真っ直ぐに向ける瞳を見つめ返す。ああ、こいつはあの時と本当は何も変わってない。


「だったら、一つ約束しろ。俺に負けても水泳を止めるとかいうな。醜態をさらすな。負けても泣くな」
「はっ……」


あの時、お前が泣いたから。
水泳やめるとかいうから。

だから俺はやめたんだ。

まつりが水泳諦めて、凛までやめるなんて、俺には見過ごせなかった。まつりが凛のことで自分の中の殻に閉じこもって出てこられないのを、凛は知らなかった。

でも、お前まで、水泳から離れるなんて言ったら、まつりをどうやって立ち直らせていいのか、俺には分からない。

分からないから、俺はただ泳ぐことを選んだ。ただ、自由に泳げればそれでいい。勝負とかそんなものより、ただ純粋に水に触れて笑い合っていたあの頃を取り戻せればと思った。


「ハン、もうあの頃の俺じゃねぇ。今度こそはっきり見せてやるよ。俺とお前の違いを」


もう泣き顔なんてごめんだ。


「それとな」
「?」
「まつりのこと。お前、本気なんだろ?」
「今はそんなこと関係ない」
「関係あんだよっ!」


勝負とまつりに何の関係があるっていうんだ。そんなものないだろう。アイツは今やっと水泳ってものを受け容れることは出来はじめたんだ。


「この勝負、俺が勝ったら、まつりは貰う」
「!――まつりは物じゃない」
「アイツには言った。少なくとも、俺もアイツも、一度は心を通い合わせた仲だ」
「!……っ」


自信に満ちた瞳。
俺が喉から手が出るほど欲したそれを凛はしってしまったんだ。二人が昔、お互いを想い合う仲だったこと。

それを、凛に知られた。


「アイツは譲れねぇ。勝負にも負ける気はねぇ」
「――選ぶのは、まつりだ。勝負の結果が全てじゃない」
「逃げんのか」
「逃げるとは言ってない。まつりの気持ちが一番大事だって言ってる」


逃げるわけがない。
まつりを凛に簡単に譲ってやる気もなければ、義理もない。


「まあ、いい。県大会までに身体作っとけ。そこで勝負だ」


そっと離れていく凛に圧力が消える。


「大会で会おうぜ」


県大会――。
絶対に負けられない。
これが凛との最後の勝負になるかもしれない。




(譲れない心が火花を散らす)
江ちゃん
!まつり先輩、今の聞いて――
これは私たちだけの秘密ね
でも、あんな勝手に決められていいんですか!
凛はきっと、ハルに勝ちたいだけなんだよ。その為の理由に私をこじつけて、何のメリットになるのかはわかんないけど。やりたいようにやらせてあげればいいの
………
私の気持ちは私のモノってね
まつり先輩……


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