015話 天使の寝顔



まつりの兄貴にもらった鍵でしっかり施錠して、鍵はポケットにしまいこみ、二階へ続く階段を上がる。まつりの部屋まで来たはいいが、足が止まって動かねぇ。

つーか、あの人も俺を信用し過ぎなんじゃねーか?一応、男なんだけど。


意を決して扉をノックしてみるが、中からの反応は見られない。聞こえなかったかと、二回ノックしてみたが、反応はなかった。

寝てんのか?


そっと音を立てないようにドアノブを回して、少し開いた隙間から中を覗き込む。ベッドの上ですやすやと眠っている姿にほっと、安堵の溜息をもらして、身体をすべりこませると、静かに扉を閉めた。

部屋の隅に荷物を下ろして、まつりの傍まで来て腰を下ろす。


「……すー」
「――…」


額に手を伸ばして、そっと触れる。熱はあるようだが、そこまで熱くない。大分下がったようだ。そのことに少なからず安堵した。

額にやっていた手で、顔にかかった髪をどかして、頬にすべらせた。


「ん、っ……」
「!……」


起きたのかと思って手を引っ込めようとしたが、それはできなかった。冷たい体温が心地いいのか、すり寄ってくるまつりに声にならない声を上げる。

あ、あ、ありえねぇ!


ばくばくいってうるさい心臓を宥めようにも、まつりが引っ付いて離れねぇせいで、激しさを増すばかりだった。

これが、俺以外の男相手だったら、と考えるだけで虫唾が走る。このバカは、きっと、俺でなくてもこんな無防備な姿を平気でさらしやがる。それが、どれだけ危機感に欠けた行動かなんて、何度言い聞かせても、分かりはしないだろう。


あいている方の手で、布団を肩までかけてやれば寝返りを打った身体がこちらに向く。俺の手を下にして抱え込んで寝る姿は、本当に無防備だ。

幸せそうな面しやがって……。


昨日見た表情とは、全く違う。
プールに押しやってしまったこの手は、無意識だった。

今でも、何であんなことしたのか、分かんねーけど。


『まつり!』
『まつりちゃん!』
『!――まつり……?』


俺の小さな声を拾ったのは、一番近くにいたハルだけだった。すぐ様飛び込んだハルの横で、踏み出しかけた足は、先へは進んでくれなかった。何かに掴まれたみてーに、動かなくて、気づいたら、ハルの腕の中にまつりがいた。

酷く咳き込む姿に胸が締め付けられる思いがした。

俺がやったんだ。
この手で、一番大切にしなきゃならねー奴を、拒絶しちまった。


なのに、こいつは――。


いつの間にか握られている手に力をこめて、まつりの小さな手を包み込む。瞬間、頬を緩めて笑ったような顔をするまつりにつられて小さく笑みをこぼした。


「ばーか……」






・・・・・

昨日の鮫柄のプールに侵入したことがばれて、職員室で説教をもらった後、まつりの家に行く前に水風呂に浸っていたその時、どたどたとうるさい足音が響いたかと思うと、何の許可もなく開かれた扉から渚が駆けこんできた。

後ろでは真琴が困ったように笑っている。


「ハルちゃん!水泳部、つくろ!」


新学期早々聞いた言葉だったが、いろいろあった今、改めてこの単語を聞くと、胸にくるものがあった。渚は、凛に会うにはそれしかない、と断言しており、水風呂より、プールのほうが広いなどと、当たり前の事柄を並べた。

まあ、そこまで頑なに拒絶することじゃない。
昨日、勝負はついたんだ。


「別にいいんじゃないか」
「やったー!これで決まりだね!」


大喜びする渚とは違って、真琴は驚いたようにこちらを見つめている。まあ、そうだろう。ついこの間までは、全否定だったのだから。

でも、まあ、いいんじゃないかと思う。

まつりもまた、一緒に泳ぐだろうか。


「ハルちゃん、まつりちゃんとこ、これから行くんだよね?」
「ああ」
「俺たちと、あともう一人、連れてきたいんだけど」


風呂から上がって、タオルを頭からかぶって三人で居間まで行く。そこに座っていた女子生徒には、どこか見覚えがあった。凛を想像させる赤い髪が、何よりも印象的で。


「ハルちゃんは、昨日会ってなかったんだっけ。凛ちゃんの妹だよ」
「ど、どーも。お久しぶりです」
「松岡……江?」
「はい!」


昨日は兄が失礼しました、と続ける彼女に別に、と単調に返して、隅に置いておいた服に着替える。まつりの家に行くなら、何か持っていくべきか、と思案しながら、冷蔵庫に買い置きしたままの、まつりの大好物を引っ張り出す。


「あ、まつりちゃんにお土産?」
「ああ…。熱あるなら冷たいものの方がいいだろ」
「わあ、なになに?シャーベット?味は?」
「りんご」
「まつりの大好物だな」
「まつり先輩、今でも好きなんですね、コレ」


喧嘩したとき、泣いたとき、機嫌の悪いとき、体調崩したとき、いつだって、これを食べれば笑顔になるまつりは、今も昔も変わらずこれが大好きだ。

シャーベットを保冷剤と一緒にしまって、出掛ける準備をすませれば、全員が待ってましたと言わんばかりに、後に続いて、まつりの家へと向かった。


までは、よかった――が。


「鍵、しまってるね」
「まつり一人残して、お兄さんが出かけるなんて珍しいな」
「……」
「ハル?」


植込みの下に、鍵――。
なんて、いまだにやっていないだろう、と思いながらも探れば出てきた鍵は紛れもなく、この家の鍵だった。


「おお、さっすがハルちゃん!」
「それ、まずくないか?」
「でも、まつり先輩一人にしておくのは心配です!あわよくば、寝顔拝みたい!」
「僕もちょっと期待してた!」
「おいっ!」


真琴の突込みに動じない二人は、俺が鍵を開けると同時に、小さな声でおじゃまします、と告げるが早いか、二階へと駆け上がって行った。


「俺たちも行こうか」
「…ああ」


先を越されて微妙な気分を抱えながら真琴と二人階段を上がってまつりの部屋まで向かえば、扉を開けて固まっている二人がいた。何をそんなに驚いているんだと、上から覗き込めば、予想外の光景が広がっていた。

額がくっつきそうなほどの距離で眠る二人の男女。まつりがベッドで寝ているのは分かる。けど、凛がまつりの傍で眠っているのは、一体どういうわけか。

まつりのベッドの傍に腰を下ろして、そのまま眠ってしまったのだろう。ベッドに頭を預けて、しっかりまつりの手を握って眠る凛は、安心したように眠っていた。


「どうしたのハル――…!」
「うぇえ!?何で、お兄ちゃ――!」
「しーっ!!起きちゃうよ!」


凛の妹の叫び声で、ぴくりと動いた凛だったが、起きる気配は見られない。まつりに至っては、熟睡しているのか、静かに寝息を立てているだけだった。

二人の繋がれた手に、胸がざわざわと騒ぐのを感じる。


「ハ、ハル…?」
「ハルちゃん、お、落ち着いて?」
「起こしちゃ可哀想ですよ!」


三人三様の反応に益々苛々は募っていく。これまでなら、凛のいる場所は、俺の場所だった。まつりの傍で寝ていいのも、全部。

俺だけの特権だったんだ。


「凛!起き――っ!?」
「ハル待った!」


真琴!と声を上げたいのに、口元を覆われてしまっては声を発せない。後ろから羽交い絞めにされて身動きの取れない俺をずるずると引きずって部屋の外へ連れ出す真琴を睨みあげても、効果はなかった。

部屋の中では、凛の妹が携帯のカメラを眠っている二人に向けて、こっそり撮影していた。

勿論、凛が起きる気配は、ない。




(天使の寝顔)
お兄ちゃんが、あんなにぐっすり眠ってるなんて珍しいっ
そうだよね。ふつう、あれだけ騒がしかったら起きちゃうよね
まつり先輩の寝顔も天使だけど、お兄ちゃんも可愛かった
うんうん。江ちゃん、後で僕にもちょーだい
ゴウって呼ばなかったらね
うっ、いいじゃーん

ハル、落ち着いた?
あれ見て落ち着けってほうが無理だ
ま、まあ。凛も悪気があってあそこで寝てるわけじゃ…
鍵しまってたんだぞ
んー、何でだろうね
やっぱり起こしてくる
いや待って!!


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