013話 友達っていうのはね



「おう、お帰りー……ってうお!?何でびしょ濡れてんだお前!」
「もう、大ちゃん邪魔!まつりちゃん、お風呂いこ。さっき沸かしたばっかだから温かいよ」
「あ、ありがとう」


家に帰ってくれば、リビングのソファーに寝転がっている大ちゃんが出迎えてくれた。桃姉ちゃんがいるなら、いるのかな、と思ったりしたけれど、本当にいるとは思わなかった。

私と目が合った瞬間、目を真ん丸にして飛び起きた大ちゃんは私に駆け寄ってくるが、桃姉ちゃんに押しやられていた。

私はそのままお風呂に直行し、温かい湯船の中で、冷えた身体を温めることにした。


着替えおいとくねー、との桃姉ちゃんの声に返事を返して、湯船に潜る。ちゃぷんと、音を立てて、鼻の下まで顔を付けて、ぶくぶく、と泡を作って遊ぶ。

考え事をする時の私の癖の一種だった。


凛、どうしたかな。
ハル、兄さんに怒られちゃったかな?
まこと渚は、凛をどう思ったのかな?

皆、また昔みたいに仲良く出来ないのかな?


私が引き金を誤ってひいてしまったのだろうか。凛の為を思ったことがから回ってしまったのだろうか。凛は、私を許してはくれないかな。

ご飯、一緒に食べようって言ったのが、何だかずっと昔みたいに感じてしまう。ついさっきのことなのに、約束したばかりで、あんな風に別れちゃったら、もう、約束なんてあるようでないものと変わらない。

きっと、凛は忘れちゃってる。


「凛――…っ」


風呂場は声がよく響く。
小さな声で呟いたのに、自分でもはっきりとその声が聞こえて、非常に胸が切なくなって苦しかった。






・・・・・

「で、何があったんだよ?アレか、いじめ?」
「ばっか!なんてこと言うのよ!」
「いって!」


深刻そうな顔をする青峰君の頭を叩いた桃井さんは、先ほどからそわそわと風呂場の方へ視線をやっている。まだ、まつりがお風呂へ行ってから幾分も時間は経っていないし、まだまだ出てこないでしょうけど。

特に、こういう時は――。


「じゃあ、何だよ!まさか、あのクソガキが戻ってきたからとか言わねーだろーな!」
「クソガキって、凛ちゃんのこと言ってるの?」
「ああ?そんな名前だっけ?」


名前は興味ねえ、とも言わんばかりの青峰君を一瞥する。実は、あの日、松岡君がオーストラリアから帰国したことが分かった時、僕が全員に連絡を回した。

いつもは返信すらしてこない連中からも返信があるほど、皆の反応が過剰で少し驚きました。黄瀬君に至っては、別のことで怒られていながら、ずっとまつりと松岡君を気にしていたようですし……。


「で、テツ。結局のところはどうなんだよ」
「詳しくは知りませんが、松岡君と何かあったようですね。ずぶ濡れの件は、プールに落ちたらしいですが」
「プール!?まだ四月だぞ!」
「屋内だってば!」
「いやいや、屋内プールなんて岩鳶にねーじゃん」
「鮫柄学園は屋内です」


鮫柄ー?と声を上げる青峰君に小さく嘆息する。家出る前に僕言ったと思いますけどね。まあ、それはいいとして、問題は、まつりが松岡君と何があって今に至るかということですかね。

これは、そろそろ赤司君に連絡するべき、なんですかね。


「桃井さん、赤司君は、もう帰国したんですか?」
「赤司君?……んー、確か今夜あたりにこっち戻るんじゃないかな?」
「そうですか」


赤司がどうしたんだよ、と少し不機嫌そうに問いかけてくる青峰君に視線をくれたところで、脱衣所で物音がした。おそらくお風呂から上がったらしいまつりの様子を感じて立ち上がる。


「おおい、テツ。流石に兄貴でも今風呂場いったらマズイぞ」
「青峰君と一緒にしないでください」
「な!?」
「そうだよー。大ちゃんならともかく、テツ君はそんなことしませんー」
「てめっ!」


まつりにココアを淹れて、リビングに戻れば、ちょうど頭からタオルをかぶって出てきたまつりがいた。髪から滴たれてますけど。


「まつり、風邪ひきますよ」
「ん……」


僕が手渡したココアを手に、ぼーっとそれを眺めるだけのまつりの頭からタオルを取ると、優しい手つきでふいてやる。すっかり伸び切った髪は、背中まであって、今じゃ、桃井さんといい勝負ですね。

頑なに切ろうとしなかった理由は、この間判明しましたけど(無自覚天然ちゃんを参照)


「まつり、お前まだあのどうしようもねえガキに惚れてんのか?」
「大ちゃん!!」


いきなり爆弾投下しないでほしいんですけど、青峰君。
僕の下で小さく肩を揺らすまつりを見て、松岡君を妬んでしまうのは、こんなに可愛い妹を持つ兄なら誰しも感じることだと思います。


「凛の事悪く言わないで。……大ちゃんでもそんなの許さない」
「っ!……」


少し涙目で青峰君を睨んでいるらしいまつりに、彼は見事に押し黙った。どうしてだか、まつりには弱いですよね、僕の周りは。あの赤司君にしても――。


「凛のせいじゃないの。私が全部、悪いんだから……」
「何があったの?凛ちゃんと喧嘩しちゃった?」
「……傷つけちゃった…っ」


押し黙った青峰君を小突いて、やんわりと問いかけてくれる桃井さんの言葉に、まつりは掠れた声でそうこぼした。声が震えている。手を止めていた僕は、水気のなくなった髪から手を引いた。

隣に腰を下ろして、話の成り行きに任せることにする。


「私だけだったから…っ」
「え?」
「私にだけ、凛は変わらず優しかったから。……皆とも、昔みたいに仲良くしてほしかっただけなのっ」


ああ、それで、空回りしたんですね。
まあ、このぐらいの年頃だといろいろあるでしょうし。松岡君も、オーストラリアで何かあったのは、何となく纏っている空気でわかりました。

まつりに変わらず優しかったのは、彼も君と同じ想いを抱き続けていたからだと、思いますけど、それは、僕の口から言っては意味ないので黙っておきますね。


「そっか、そうだよね」


ここにいる者ならば、少なからずその感情は理解できるだろう。
バスケを通して、失いすれ違った僕らが絆を取り戻すまでに経た時間もまた、短いものではなかったし、苦労もたくさん経験した。それでも、最後にはバスケが、僕らを繋いで、今この瞬間にも、こうしてここにある。


「まつり」
「?」
「あのガキは、正直気に入らねえけど、ダチってのはな、一生もんだ。それが、どんな形で壊れたって、本物のダチなら、繋ぎ直せるもんなんだよ」
「大ちゃん……」
「いいか。直ぐに謝ったりすんな。お前が悪いにしても、少し時間おいて、頭整理してから答え出せ」


黙って聞いていたまつりが、こくりと頷くのを見て、青峰君の顔に漸く笑顔が広がった。大きな手でくしゃりとまだ少し湿り気のある髪を撫でる青峰君を見て、桃井さんと二人小さく笑い合う。

僕の隣で、笑顔になったまつりを見て、漸く胸のしこりが消えた気がした。




(友達っていうのはね)
たっだいまー!
あ、きーちゃん帰ってきた?
はあ!?何で黄瀬がここに帰ってくんだよ!
仕事の関係で、ここに下宿してるんです
ずっりー!テツ、俺も暫く泊めてくれ
何言ってるの!明後日から、強化合宿でしょーが!


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