タナトスの願い事

8 詐欺師は共犯者

仁王くんに付き合ってもらってマミさんにお別れを言うため、マミさんの部屋に上がらせてもらった。そこで見つけた一緒に撮った写真を見て、最後に思いっきり泣いたら、心の中に凝り固まっていたものが少しだけ軽くなった。

泣いている間、仁王くんはずっと傍にいてくれて、それがとても心強かった。


「仁王くん、付き合ってくれてありがとうね」

「あ、ああ……」


仁王くんは、マミさんの残酷な死に目にあっていないから、彼女がどのような死に方をしたのか知らない。それだけが、まだ救いだ。私もいつかは、ああなってしまうかもしれない。

そんな結末を先に教えておく必要なんてない。


帰りは予告通り送ってもらって、家の前でそう言えば、何か言いたげに視線をはずす彼を見て、彼が何を言いたいのかを瞬時に察した。


「一つ、約束してくれる…?」

「?」

「誰にも言わない。特に、精ちゃんには絶対。それを守ってくれて、今私がやっていることを止めないでいてくれるなら、今日のことはちゃんと話す」


いくら、彼にとって酷な話になっても、それでも彼は引き下がりはしないだろう。一度見て関わってしまったものをなかったことにしてくれ、なんて。そっちのほうが余程酷なことだ。

それでも、私は、そのほうが彼にとっては幸せなんだと思っていたんだけど…。


「わかった」

「――あがって」


今日は、運がいいのか悪いのか、家には誰もいない。こういう日は決まって精ちゃんの家に転がり込んでいたけれど、今日のような日は、そうしないほうが賢明だ。

血の匂いが酷い。












仁王くんを家に招き入れて、リビングに通す。ソファーに向かい合わせで座って、指輪を外して、形状を宝石の形に戻した。


「これが、私が精ちゃんを助けるために願った力の源で、ソウルジェムっていうの」

「じゃあ、幸村が奇跡的に回復したんは、名前の力ってことでいいんだな」

「そう、だね。私の願いが奇跡を起こしたってことで」


間違ってない。と笑って頷けば、仁王君は難しい顔をして黙り込んでしまった。だけど、話したからには途中でやめるつもりはない。


「その願いの代償が、仁王君も見たアレだよ」


そう言えば、びくりと肩を揺らした。今日の魔女は初めてだったら、少しインパクトが強いかもしれない。初めてでない私でさえ、マミさんの死を前に足が竦んだのだから。


「魔法少女っていうんだけど、私はそれの資質があって、願い事を叶える代わりに、仁王君も見た、化け物――魔女と闘う契約を交わしたの」

「!――…」

「私をずっとあっちの世界で助けてくれていた先輩――マミさんは、今日目の前でアイツに殺られた。私、間に合わなくって、唯一人の命の恩人を助けられなかった」


マミさんはいつだって親身になって、私のことを支えてくれた人だ。闘い方から何から全て彼女が教えてくれた。


「魔法少女になった以上、死と隣り合わせの生活を余儀なくされる。勿論、あっちで死んだマミさんの死んだ痕跡はこちらにはない。遺体も残らない。こっちでは、ただの行方不明者として扱われることになるんだって」


冗談じゃないよね、ホント。たった一つどうしても叶えたかった願いを叶えたら、死ぬまで闘えって。どのみち、この先の人生に光はない。ただ暗闇の中で、自分自身を見失わないように歩いていくしかない。


「私もいつかきっと、限界が来る」

「っ――」

「それがどのくらい先かはわからないし、どんな最期が待っているのかもわからない。それでもね、私は精ちゃんを助けたかったから、後悔はないの」


魔法少女になった子は、皆何かしら願わなければならない、叶えたい願いがあって、希望があった。でも、希望の分だけ、同じ絶望がある。それを受け止められないなら、そこで終わり。

魔女に殺られるか、ソウルジェムが黒く濁りきって、その後どうなるかは知らない。


「なあ、名前……」


震えた声が私の名を呼んだ。

さっきからずっと俯いている仁王君の前に回って、顔を覗き込むようにすれば、彼の腕の中に引っ張り込まれた。


「ごめん……。俺、何も言ってやれん」

「ん、いいの。聞いてくれてありがとう」


何も言えるわけがない。何と言葉をかけてほしいのか、自分でもわからないんだ。


「魔女と、闘わないでいくのは無理なんか?」

「出来ない。そうしたら、これが黒く濁っていくのを止める術がなくなるから」

「魔法を使わなければいいんじゃないのか」


少し体を離してソウルジェムに目を向けた彼は、最もな疑問を口にした。その問いに首を横に振って否定する。魔法を使えば黒く濁る。使わなくても、身体の維持で黒く濁るのだ、とキュゥべえが言っていた。


「私たち魔法少女が魔女を倒したことで得られる見返りが、このソウルジェムに溜まる濁りを消すものでね、グリーフシードて言うんだけど、……こんなの」


ポケットに一つだけ予備でいつも持ち歩いているコンパクトケースからそれを見せれば、よくわかっていないのか、眉根を寄せている。私は苦笑すると、仁王君から体を離した。

丁度いい。濁りも少々溜まって、そろそろ限界だ。


「ソウルジェムに近づけて……」


かちん、とソウルジェムとグリーフシードが重なる。そうすれば、ソウルジェムに溜まっていた濁りがグリーフシードへと移っていった。淡い輝きを取り戻したソウルジェムを見て、こんな感じ、と彼を見上げれば、納得したようだ。


「原理はわかったが、今まで一緒に闘ってきた先輩はもうおらんのじゃろ?これから、どうするつもりだ」

「一人で闘ったことがないわけじゃないの。それに、この街を守ってるのは、私一人なわけだし。もう一つ増えても、あんまり変わらないよ」


守備範囲が広くなるけどね、と付け足せば、仁王君は大きく目を見開いた。あれ、私何か言った?


「ちょっと待て。この町には、お前しかおらんのか?」

「そう、だね。大体そうみたい。私がなる前までいた魔法少女は、随分前に亡くなって、マミさんがこっちもまとめて見ていてくれたんだって」

「それが倍になったら、身体がもたんじゃろ」


部活はどうするんだ、と難しい顔をする仁王君に、私は唸るしかない。そうなのだ。このまま部活を続けながら、魔女狩りは、さすがに体に堪える。今日みたいに体調崩して、魔女に向かわなければならないなんて、コンディション最悪だ。


「もう、全国も近いし、私がいなくなると何かと不都合出てくるよね。あのミーハーなマネージャーだけじゃねえ」


これは、別に自分を過大評価しているわけではない。それほどまでに、立海に役立つマネージャーがいないという現状が問題なのだ。


「まあ、マネージャーは暫く大丈夫だと思う」

「今日ぶっ倒れたんは、誰やったかのぅ」

「それは、まあ置いといて。今後は、強力なバックアップがあるわけだし?」

「!――」

「詐欺(ペテン)師が味方なら、敵なしだよね?」

「……プリ」


私が首を突っ込んだ世界に巻き込んでごめんね。喉まで出かかった言葉を必死に飲み込んで、仁王君と笑顔で別れた。


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