タナトスの願い事

4 アナタを救いたい

「精ちゃん…!」

「………」


部活を途中早退して、精ちゃんの病院へとやってきた私は、彼が病室にいなかったことに少し慌てて、病院内を捜しまわった挙句、最後にたどり着いた屋上の扉を開いた。捜し人の後姿を見つけて一先ず安堵の息をつく。

奥のベンチに腰掛ける、その後姿がとても小さく見えた。


「……ねえ、名前は、俺からテニスを取ったら、何が残ると思う?」

「何、言ってるの」


ベンチまで歩み寄り、彼の前に回り込めば、うつろな瞳が私を捉えて、うわ言のようにそう言った。言葉に詰まる私を見て、彼は、何か諦めたような笑顔を向ける。

やだ。そんな顔しないで。私、貴方を助ける術を見つけたの。


「このまま、身体が動かなくなっていったら、君は俺から離れていくかい?」

「精ちゃん何言ってるの。そんな弱気になってちゃ、病気だって離れてくれないよ」


固く握られている拳を両手で包み込むように覆えば、びくり、と彼の肩が跳ね上がる。


「母さんがさっき見舞いに来たよ。精市は、何でも出来る子だから、他に何か見つければいい。だって。――もう、俺の病気が治るなんて、誰も期待してない」

「!……」

「俺の後任は、真田がしっかり務めてくれるだろうし、柳も、他のレギュラー達も協力しあって、これからの立海を支えてくれる」

「……やめ、て」

「俺無しでも、テニス部は大丈夫だろうしね。後は、君が無理して俺の病気を背負い込む事だけが心配なんだ」


やめてよ。そんなこと言わないで。まだ、何も終わってない。貴方が諦めることなんて何もないんだよ。


「精市、私は何があっても諦めないって決めたの。当人の貴方がそんな簡単にあきらめないで。絶対よくなる。私を信じて」

「……」


言い終わると同時に座っている精ちゃんの首に腕を回して、覆いかぶさるように抱きついた。少し痩せたんじゃないだろうか。そんなことを思いながら、ぎゅ、としがみつく。


精ちゃんはなにも言わないままに私の腰に腕を回して、ぎゅっと抱き返してくれた。その腕が少しだけ震えていたことは、私の心の中にしまっておくね。

大丈夫。何があっても、貴方だけは私が助けるから。
もう少しだけ待っててね。


精ちゃんにしがみつきながら、ずっと前を見据える。そこに見つけたキュゥべえの姿を目に留めて、心を決めた。


















二人で手を繋いで病室まで戻ってくれば、隣で驚いた顔をする精ちゃんを見て、したり顔を見せる。病室内には、私のお泊まりセットが準備してあるのでした。


「じゃーん!今日は、お泊まり許可もらっちゃいましたー」

「!……家の人にはちゃんと許可とってきたのかい?まさか、また無断とかじゃないよね?」

「い、言ってきました!」


一度、精ちゃんの家に家出少女として押しかけたことがあった。結局は、精ちゃんのお母さんが私のお母さんに連絡して、連れ戻されたのだけど。その時に、精ちゃんが私の家にお泊りしてくれたのでした。

泣き喚いて離れなかった私が悪いんだけどね。ホント精ちゃんママはいい人です。こんな私を娘同然に可愛がってくれるんだから。


「ねえ、精ちゃん。一緒に寝たら狭い…?」


ベッドに上がった精ちゃんを見て、おずおずと問いかければ、一瞬大きく目を見開いたかと思うと直ぐに笑顔になってくれた。


「俺の理性が持つかは、保証しないよ」

「ば、ばかっ!」


からかわれているのはわかっているけど、そんな風に言われたら変な風に意識してしまうじゃないか。


夕飯はお弁当持参して、病院食を隣で食べている精ちゃんに少しあげたりしながら、二人で楽しく過ごした。久しぶりに精ちゃんが楽しそうに笑ってくれたから、それだけで、心から満たされる思いだったの。


「寒くないかい?」

「寒いから、あっためて」


精ちゃんに身を寄せれば、小さく笑ったあとに、身体が温かいぬくもりに包まれた。頭の下に回った腕が枕になって、頭を撫でる優しい手が、安堵と眠りを誘う。精ちゃんの匂いで肺の中が一杯になって、とても幸せな気分だ。


「まだ寒い?」

「あったかい」


額同士をくっつけて、微笑み合う。くすぐったい気持ちになりながらも、精ちゃんの温もりを一番近くで感じられるこの距離感が大好きだ。


「精ちゃん」

「ん?」

「だいすき」


言って自分で恥ずかしくなって、彼の胸に顔を埋めれば、髪に小さなキスが落ちてきた。


「俺の方が好きだよ。そこだけは譲れない」

「私の方が好き」

「君は本当に俺を煽るのがうまいね」

「え、……ん」


顎に手がかかったかと思えば、唇に重なった温もり。唇越しに伝わる精ちゃんの想いが、きゅ、と胸を締め付ける様だった。


「真っ赤だね」

「ま、真っ暗で何も見えないくせにっ」


くすくす、と悪戯が成功した子供の様に笑う精ちゃんに顔を見られないように胸に顔を埋める。少し固くなった体をほぐすように、背中をポンポン、とリズムよく叩いてくれる温かい手に身を委ねて、瞼を下ろした。

少しだけ、眠らせて。少しでいい。貴方の腕の中で幸せをいっぱいもらって、そうしたら、契約して魔法少女になるから。












日が昇り始める早朝――。
病院の屋上に彼女の姿はあった。


「君の望みは何だい?」

「私は――」


ぬいぐるみのような生き物、キュゥべえを前に少女は決意したように口を開く。


「私の願いは、彼がまたテニスをできるようになること。彼が元気になってくれることが私の願い。―叶えて」

「君の願いはエントロピーを凌駕した。契約成立だね」


一瞬走った鋭い胸の痛みは、直ぐに消えてなくなり、気が付けば手の内に収まっている桜色の宝石。まるで、恋心を具現化したみたいな色だと思った。ピンクとまでは言えない薄い桃色。白とピンクが入り混じったような淡い輝きを放っていた。


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