タナトスの願い事

18 鳴り響く警鐘

最初はただ、あの子を助けるために傍に置いたはずだった。恋人として傍にいるなら、被害はないと、たったそのためだけに君は俺の彼女になってくれたね。

きっとそれが、何か別の目的があって、テニス部に留まりたいが為だということも、誰を見ていたのかも、本当は知っていた。

だけど、それでも君はその男との未来を捨てて俺の隣を選んだんだ。

俺が本気で君に惹かれたように、俺を愛してくれたと、それは間違いでないと、俺の思い込みでないと、君ははっきりそういって、本当の彼女になってくれたのに。

それなのに、俺たちの幸せは永く続かなかったね。

どうして君は俺と別れたんだい。何が君をそんなに追いつめて、俺から遠ざかるように仕向けた?

それが、今回のことと関係があるなら、今度こそはっきりさせよう。俺の気持ちはこれから先、何があろうと移り変わることがないということ。

君だけを想うと約束する。


「幸村、教室にいるようだが」

「行こう」


君を傷つけるものは誰であろうと許さない。それが女の子であって、同じマネージャーでも、年下でもそんなもの関係ない。

俺は、君を守るためにもう一度君を傍に繋ぎ止めるよ。


「ねえっ!」

「幸村様よ!」


教室に踏み込めば、ざわざわと騒がしくなるそこで、俺たちが目指す二人の後輩は凄い勢いで立ち上がっては、群れを押しどけて前まで進み出てくる。

そんな彼女たちの一人が伏目がちに悲壮感漂わせて、指輪を手に前に進み出てくるのをただ淡泊に見下ろす。


「幸村部長、これ、名前先輩がいらないから返しておいてほしいって」


呆れを通り越して、滑稽だとさえ思った。
それが俺からの贈り物だと勘違いして彼女から取り上げたのだということは容易に理解できる。

それが、彼女にとってどれほど大事にされていたものかも、肌身離さず持っていたことを見ても明らかであるのに、と怒りさえ頭にのぼる。

本当に何が気に食わないのかな。

あんなにまっすぐで純真な子の、ナニガ。


「そう。名前がそう言ったの?」

「はいっ!ひどいです!振られたからって!」


振られた――?
へえ、そうなんだ。

思わず思っていたことが口から飛び出したことに、目の前に立つ後輩は困惑した顔を向けてくる。

困惑したいのはこっちだ。


「何か勘違いしているようだけど、俺が振られたんだよ」

「え、で、も、そんなっ」

「そんなわけない!あんな女、部長に相応しくなんかっ!」


相応しいかなんて、そんな濁った眼で判断できるのか甚だ疑問だが、少なくとも彼女らに判断されるべきことでもない。


「ねえ、その指輪。あの子が大切にしていたんじゃないかい?」

「いらないって言われました!」

「どうせ捨てるからって!」


ここまで嘘を貫くのもまたすごいことだが、いい加減時間も経ちすぎているし、周りも騒がしくてかなわない。

どちらにせよ、この子たちにはそれ相応の罰を受けて、テニス部からは出て行ってもらうけど、その前に名前の居場所だけは教えてもらわないと、俺がここまで出向いた意味がない。


「それは俺があげたものじゃない。返してくれる?」

「そ、そんなはずっ」

「だって、先輩ずっと」

「俺と付き合っているときに指にあったかい?」

「「!……」」


――ない。
正確には、俺と別れてから肌身離さず身に着けていた。

それが原因で俺たちが別れたような因縁すら感じるソレを、俺が別れ際にあげたとでも思うのか。

ありえないよ。


「これ以上、足を引っ張られては大会に支障をきたす。本日付で退部してくれる?」

「え、待って!そんな!」

「わ、私は関係ないわ!この子が勝手にやったんだもの!名前先輩は部室棟の一番奥の部屋に閉じ込められてます!」

「そう。ありがとう」


柳に目くばせをすれば、この場は任せろ、と短い返答をもらった。すぐさま踵を返してその場から立ち去ろうとした俺の前で、不可思議な出来事が起こる。


「な、なによこれ!」

「きゃっ!」


眩い光があたりに立ち込めたかと思えば、先ほどまで彼女の手にあった指輪の形状が変化した。淡い桃色を放って、それは宝石の形へと姿を変えてそこにあった。

気味悪がって手放した彼女の手からそれは滑り落ち、咄嗟に手を伸ばした俺の手にころり、と転がる。

徐々にくすんでいくそれを目にして、嫌な胸騒ぎがした。

何か、名前が、手の届かないところへいくような、そんな気さえして――。


「幸村、それは――」

「わからない。でも、何か嫌な予感がする。俺は先に部室棟へ向かうよ」

「ああ、急いだほうがいい」


俺が再び立ち上がり、その宝石をそっと握りしめて教室を飛び出したそこで、真っ青になってこちらに駆けこんでくる男子数人と遭遇した。

関係ないと、そのままその場を離れようとした俺の耳に聞き逃すはずのないあの子の名前が飛び込んでくる。


「苗字名前の持ってた指輪どうした!!」

「な、なによ、あんたたち」

「あれがねーと、駄目なんだよ!」


焦燥にかられたように声を荒げ、指輪、指輪と繰り返すその男子生徒の言葉が気になり教室へと引き返せば、柳が事情を聞きだそうとしているところだった。


「苗字に何かあったのか」

「しらねーけど、いきなり倒れて、」

「息してねーし、怖くなって、指輪ねーと、なんかやべーみたいで、それ取りにいけって……っ」

「早くしねーとマジ、やべーよ!」


――息をしていない?
彼らが何を言っているのか、はじめ理解するのに頭が上手く回ってくれなかった。そういう今でさえ、ありえない答えをはじき出すそれに頭を抱えたいところだ。

でも、これだけは分かった。
指輪が彼女の傍から離れたことで、何かよくないことが彼女の身に起きたこと。それが、早くしないと取り返しのつかなくなること。


「幸村、とにかくそれをもって、早く行け。俺も直ぐ向かう」

「!ああ、頼むよ」


そうだ。
この場で止まっているわけにはいかない。

柳の言葉に床に縫い付けられたように止まっていた足が漸く動いてくれた。

最悪の事態にだけはならないでほしいって、そんな俺の想いをどうか聞き届けてくれ。


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