放課後に緊急ミーティングだと言われていたのが、お昼休みに変更になったと後輩マネージャーから連絡が回ってきた。
まあ、たぶん、これは単純にひっかけ。罠だとわかっていた。ただ私を呼び出したいだけだということも。
そもそも場所がテニス部の部室ではなかったし、今は使われていない部室棟の一番奥ばったところにある部屋だったから。
それでも、行かなければならないと思った。朝、杏子に泣きついておいて、こんな時だけ虚勢を張るなんて、自分でもバカみたいだと思うけど、それでもやっぱり、これは私自身が決着をつけるべきことなんだと思うから。
「マジで、来たんだけど」
「うっけるー」
ほら。
冷たい瞳。人を嘲る醜い笑い声。
聞いていて気持ちのいいものじゃないそれを前に、私の心はひどく落ち着いていた。たぶん、年下だということが唯一の救いだったんだろう。
「話って何かな」
「分かってて来たんなら、簡単だよ」
「テニス部から出て行って。そんでもって、その指輪、はずしなさいよ」
指輪――?
彼女たちの言っている事の意味が分からずに困惑していれば、それだよ、と手首を掴まれて、無理に指から引っこ抜かれたのは、魔法少女が肌身離さず持っているソウルジェムだった。
え、と思った時には、それは彼女たちの手にあって。
「ちょっと、返して!それは大事なものなの!」
「はあ?どうせ、幸村様に貰ったんだろ?」
「いつまでも彼女面して、振られたくせにうぜぇんだよ!」
どん、と身体を押しやられて、指輪は奪いかえせなかった。冗談じゃない。それがないと、私は、自分を保てなくなって、ただ死を待つことしか出来なくなってしまう。
「返して!!」
「いって。なんだよ!」
「おい、ちょっといつまで奥引っ込んでんだよ。早く連れてって」
指輪を手にしている女の子の手につかみかかるが、それは奥に控えていた男子生徒によって遮られてしまった。
この場面で、こんな場所で、男子生徒が出てくるなんて、嫌な予感しかしない。
やっぱり、一人で来るんじゃなかった。
ソウルジェムがなければ、魔法少女にだってなれない。こんな非力な自分で、男の力に適うはずもない。
「じゃあ、あとは好きにどーぞ」
「きゃははっ」
指輪返して!
私の叫びは虚しく響くだけで、男子生徒数人を残したそこに一人、取り残され、がちゃり、とご丁寧に施錠された音まで聞こえてきた。
目の前が真っ暗になる。
助けて。誰か――…っ
仁王君っ!
「佐倉、名前はどうしたんじゃ」
「は?あんたたちとミーティング―――…!」
ここ最近、ずっと一緒に昼飯を取っていた二人が今日に限って一緒にいない。そんな不可解な様子に声をかければ、向こうも驚いたようにこちらを見やって、何かを悟ったように慌てて席を立った。
「おい!」
「アンタに構ってる暇はない!」
「名前はどこ行ったんじゃ!」
「分かんねーから、今から捜すんだよ!」
後輩マネージャーの仕業か。
そうとなれば、今回もそう簡単には見つけ出せん。人手がいる。名前がこんな目に合うのはこれで二度目だ。
今はもう、幸村の後ろ盾もない上に、こないだの騒動で歯止めがきかんくなってしもたんか。
「部室棟の空きだ。そこを捜したほうが早い」
「!……分かった」
「俺はテニス部に連絡回す。先に行け」
低能な女が考えることなんて簡単に想像がつく。だからこそ、これは時間との勝負だ。間に合えばいいが。もしもの場合は、俺が絶対許さん。
とにかく、部長に話を通せば、おのずと下にも話が回る。幸村の教室へ駆け込めば、驚いた顔をした幸村と、その傍におった柳と真田が迎えてくれた。
「幸村!」
「どうしたんだい。仁王。そんなに慌て――」
「名前が拉致られた。捜すの手伝ってくれ」
「!――っ」
「いなくなってどのくらい経つ?」
「昼休み入ってすぐじゃから、もう30分は経っとるぜよ」
冷静さを失わない柳の問いに返答を返せば、難しそうに顔を歪めた。時間が経ちすぎているということだろうか。それでは困る。
「呼び出した相手は分かっているんだな」
「後輩のマネージャーしか考えられん」
「それなら話は早い。俺たちが出向いたほうが話が早い。弦一郎、部員に伝達を頼む。俺と幸村で話をつけにいこう。仁王は引き続き捜してくれ」
柳の的確な指示に各々頷いて、真田が飛び出したのに続いて俺も教室を出る。勘が当たっとれば部室棟に間違いない。
あそこなら人は寄り付かんし、一度閉じ込めた倉庫はもう使えんじゃろ。他は、最悪でも教師が放課後巡回するのに引っかかる。
そこからはじき出せば、そこが一番妥当じゃから。
――頼む、間に合ってくれ。
だが、俺の心配する方向とは全く違う方向にことは進み、取り返しのつかない事態が大口開けて待ちかまえていた。
「おい、この女、息してねーぞ……」
「じょ、冗談止めろよ。何で急にっ」
「や、マジで!やだよ!俺、面倒なことになるなら抜けるぜ」
「俺だって!」
暗い一室で、怯えてひくつく彼らの前に、制服がはだけた一人の女子生徒が横たわっている。目が見開かれたまま微動だにせずにその場にある彼女に息はなかった。
身体も冷たくなり、まるで死んだ人間のようにそこに横たわっていた。
見開かれたままの瞳が真っ直ぐに男たちに向いている事がさらに恐怖心をあおり、彼らは一目散にその場を逃げ出した。
「おい!あんたたち!苗字名前見なかったか!」
「ひっ!俺らは何もしてねぇ!」
「俺らじゃないからな!!」
佐倉杏子は、部室棟の最奥部まで来ており、一番奥の部屋から出てきた男たちの退路を断って、そう問い詰めるが、何とも歯切れの悪い返事ばかりが返ってくる。
名前の居場所は、おそらく彼らが出てきた場所なのであろうが、それでもこの青白い顔と、震えた、怯えたような表情がよくわからなかった。
自分に対して怯えているというわけでもなさそうだ。
「あの女!急に倒れたんだよ!」
「い、息してねーし!」
「俺ら、どうすりゃいいんだっ!」
「!――そこどけ!!」
男たちを押しやって、部屋に飛び込んだ杏子は、横たわる名前の身体を抱き起して、脈が止まっていることを確認した。それからすぐに、指にあるはずのものがないことに気が付いて、ハッと息を呑む。
「おい」
「お、俺たちは何もしてねーよ!」
「指輪はどうした」
「え……?」
「コイツが大事に持ってた指輪だよ!!」
「あ、それは……」
「テニス部のマネージャーが……」
身体はまだ死後硬直に入っていない。冷たくはなっているが、まだ大丈夫だ。杏子は、自分のソウルジェムの形状を戻して名前に近づける。
身体の体温を維持しておく必要があった。こんなことしてもどうにかなるとは限らないが、やらないよりはましだ。
「アンタたち、今すぐその女から指輪を取り戻してこい。じゃなきゃ、今この場で、アタシが殺す」
「ひっ」
「はいっ!!」
飛び出していった男たちを見送って、腕の中にある名前の身体を力強く抱いた。
「名前っ」