【龍双】このままで

春にそよぐ恵風や夏の穏やかな木陰、秋の優しい陽だまりや、冬の温かい毛布――龍臣にとって、双葉はそんな心地よい存在だった。幼いときから兄様、兄様と彼を慕い、追いかけてくる姿はとにかく可愛くて、龍臣はずっと実の妹のように思っていた。思おうとしていた。
「――龍兄様、どうしたの? 疲れてる?」
隣に座っていた双葉が、心配そうに首をかしげる。その声に、龍臣ははっと我にかえった。二人は、日比谷公園で並んで腰を下ろしていた。龍臣が双葉に用があり、彼女を誘ったのだ。
「いや、大丈夫だ。悪い」
「ううん、お昼休みにここまで来てくれてありがとうね」
龍臣が双葉を呼んだ理由、それは軍の友人からある噂を聞いたからだった。
『お前の幼馴染、夜に男と遊び歩いてるんだって?』
『双葉がか? そんなはずないだろう』
その場では、くだらないことを言うなと眉をひそめたものの――双葉も、年頃の娘だ。もしかしたら自分の知らぬ間にそういう相手ができて……。そう思うと仕事に集中できず、龍臣はこうして彼女に話を聞きにきたのだった。あくまで、兄として夜出歩くことを注意するだけだと、自分に言い聞かせながら。
「双葉、聞きたいことがあるんだが……」
「どうしたの?」
双葉が、風に煽られた髪を耳にかけながら龍臣を見上げる。いつのまにか大人びた彼女を見て、心臓が跳ねるのを感じた。
「お前――」
夜、と出かかった言葉を、龍臣は飲み込む。
「……お前、恋人ができたのか?」
「え?」
いつになく真剣な顔で、どことなく緊張した面持ちで。そう尋ねる龍臣に、双葉はきょとんとする。そんな彼女に、龍臣は続けた。
「っ、いや、お前も年頃だから、恋人くらいできて当然だ。それは分かってるんだが……」
思わず口をついて出たものの、どうしたものかと戸惑う龍臣に、双葉は慌てて尋ねる。
「ちょ、ちょっと待って、龍兄様。恋人って、どうして急にそんなこと……?」
「どうしてって……」
龍臣は、友人から聞いた噂を、悪意の部分を除いて双葉に話す。それを聞いて、彼女はおそらく見回りのことだろうとすぐに悟った。
「ああ、えぇっと、それは……」
どう誤魔化そうかと思いながら、双葉は言葉を紡ぐ。しかしあることに気づいて、ふと言葉を止めた。そんな彼女を、龍臣は不安げに覗き込む。
「それは、なんだ?」
「ねえ……夜に出歩くなとは、言わないの?」
「え?」
「あ、ううん! 龍兄様、いつも心配してくれるから、そう思っただけ」
「っ、それは……」
双葉の問いに、龍臣は口をつぐむ。
――帝都の夜は危険だ。赤い瞳事件のこともある。だから、双葉には安全なところにいてほしい。龍臣が今日双葉に会いにきたのは、それを言いたかっただけのはずだった。言葉を詰まらせた龍臣を、双葉はしばらく見ていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……兄様、わたし恋人はいないよ」
「そう……なのか?」
ほっとする自身に、気づかないほど龍臣も鈍くはない。しかし、それを認めることは、今の彼にはまだできなかった。
「勉強の帰りとか、ミルクホールに行った帰りに送ってもらってるだけだよ。でも、これからは早く帰るようにするね」
「そうか。俺もいつでも迎えに行くから、遅くなりそうなときは言ってくれ」
「うん、わかった」
双葉がそう答えたのを見て、龍臣は肩の力が抜けた心地がする。
「そしたら、俺はそろそろ戻るぞ」
龍臣がそう立ち上がると、双葉は何か聞きたそうに彼を見上げた。
「ん、どうした?」
「えぇっとね……」
今度は双葉がそう口ごもると、不安げに龍臣を見つめる。
「た……龍兄様は、恋人とか、いるの?」
ほんのりと頬を染め、そう尋ねる双葉に、龍臣は胸がじわりと熱くなるのを感じる。しかし、龍臣はまっすぐにそれに答えた。
「……いないよ」
己に言い聞かせるように、龍臣は続ける。
「今の俺には、やらなければいけないことがある。だから、今はまだそういうことは考えないようにしてる……つもりだ」
少し自信がなくなってきたがと思いながら、龍臣はそう答える。
「そうなんだ。なんだか龍兄様らしいね」
「はは、そうか?」
軍帽をくいとあげ、龍臣はそう笑う。双葉は立ち上がると、そんな彼にいつものように微笑みかけた。
「龍兄様、途中まで一緒に行っていい?」
「ああ、行こう」

――しばらくは、俺だけの可愛い妹のままで。
――しばらくは、龍兄様を応援する幼馴染のままで。
二人はそれぞれの思いを抱きながら、並んで歩き出したのだった。




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