【葵双】きみのため

その日、わたしはリアンで葵くんにとある相談をしていた。
「……女学生だけが集められる謎の夜会、ね。確かになんか怪しいかも」
わたしの話に、葵くんは顎に手を当てながら呟く。
「うん、それに行くって友達に聞いても、詳しいことは教えてくれなくて。変なことに巻き込まれてないといいんだけど……」
学校で友達が、その夜会について、声を潜めて話しているのを聞いた。その様子がなんだか訳ありに思えて、こうして葵くんに相談してみたのだった。
「だから今夜、わたしもちょっと行ってみようと思うの。なんだか最近その子の様子がおかしいから、気になるんだよね」
わたしがそう言うと、葵くんはふーんと呟いたあと、はっと目を見開く。そして一瞬の間をおいて、声を上げた。
「は、はぁ!? あんたがその怪しい夜会に行くの? 何があるかわからないし、危険だろ! するにしても一人じゃ……馬鹿猫も、さすがに夜会には入れないだろうし……」
「うん、だから……」
何かあったら式を飛ばすから、来て欲しい――そうわたしが頼むと、葵くんは不満そうな顔をする。
「……ごめんね? 怨霊も関係ないのに巻き込んで」
そう謝ると、葵くんは深くため息をつく。
「そうじゃなくて。何かあってからじゃ遅いだろ。それに、僕を巻き込むのは気にしなくていいから。あ、あんたの、恋人だし!」
頬を赤らめてそう言う葵くんに、わたしまで顔が熱くなる。葵くんはこほんと咳払いをすると、手を腰に当てた。
「と、とにかく! あんた一人じゃ危ないって話だよ。うーん、それ、どうにか僕も入り込めないかな」
「警備が厳しいみたいだから、どうだろう……」
「うーん……」
葵くんはしばらく考え込んでいたけれど、突然はっと顔を上げる。そしてなぜかかぁっと顔を赤くすると、ぎゅっと拳を握った。
「葵くん? どうしたの?」
「……ぼ、僕……する」
「え?」
小さく囁く声に、首を傾げる。そんなわたしに、葵くんは一層顔を赤くすると声を上げた。
「ぼ……僕が女装して、あんたと一緒に行くって言ってんの!」
「え……ええ!」
予想外の提案に、思わず目を丸くする。葵くんはぷいと顔を背けると、そのまま続けた。
「し、仕方ないだろ! あんたを一人で行かせるわけにはいかないんだから!」
「で、でも……!」
「ぼ……僕が女装したこと、誰かに言ったら、いくらあんたでも怒るからね!」
腕を組み、そう睨みつける葵くんに、わたしはこくこくと頷く。
女の子に間違えられて怒ったり、紅狼くんに女装をお願いされても断固拒否していた葵くん。そんな葵くんにこんなことをさせてしまうのは心苦しい。でも――
「ごめんね。でも……ありがとう」
そうお礼を言うと、葵くんは少しだけ表情を和らげる。
「お、終わったらすぐ脱ぐから!」
また顔を背けてしまった葵くんだったけれど、わたしはそのまっすぐな優しさに、胸が温かくなったのだった。

――その日の夜。わたしたちは、無事夜会に潜入することができた。けれど、わたしのドレスを着て横に立つ葵くんに、なんだかそわそわしてしまって。ちらりと葵くんを盗み見ては、いつもより白い肌や長い睫毛にますます落ち着かなくなってしまうのだった。
「ど、どこか変?」
わたしの視線に気づいて心配になったのか、葵くんが尋ねる。
「ううん、お化粧も似合ってて、素敵だよ」
「いや、女装褒められても嬉しくないけど……あ、あんたこそ、ドレス姿、す、すごく綺麗だよ」
いつものように頬を赤らめてそう言ってくれる姿を見て、少し安心する。葵くんは顔を上げると、会場内をぐるりと見回した。
「しかし、女の人だけ集めて、何するつもりなんだろう……」
会場にいた同い年くらいの彼女たちは、特に周りの人と話すわけでもなく、何かを待っているようだった。そのとき――
「あ! ねえ、葵くん、あそこ……!」
誰かがゆっくりと階段を降りてくるのを見つける。豪華な装いに綺麗な顔立ち、おそらく華族の男性だろう。彼は満足げにわたしたちを見下ろすと、にっこりと笑みを浮かべた。
「おお、今日も可憐なレディたちがたくさん集まっているな。ありがとう。今宵は誰と過ごそうか、悩んでしまうね」
「きゃー! 一条様、私を選んで!」
「一条様! こっちを見て!」
現れた華やかな男性を見て、会場が黄色い歓声に包まれる。その様子を見て、わたしと葵くんは、それが何の集会なのかだんだんわかってきた。
「これって……」
ここにいる彼女たちの目的は、おそらくこの男性と夜を過ごすこと。そしてこの男性は、お金と整った容姿に物を言わせ、若い女学生を誑かしているということ。
「……くだらない。暇な華族の遊びだね」
葵くんが呆れた様子でため息をつく。
「わたしの友達、本当にただこのことを言いづらかっただけなんですね……やめるように言っておきます……」
なんだか間が抜けてしまい、わたしも小さく息をつく。
「ごめんね、葵くん。こんなことに付き合わせ――」
そう言いかけたとき、こつこつとこちらに近づいてくる足音に気づく。
「おや、そこの赤い髪のレディたち、初めてお会いしますね。ああ、なんてみずみずしい美しさ……どうです? 今宵、私と痺れる甘い夜を過ごしませんか? きっと二人とも満足させて差し上げますよ」
男性は、いやらしく笑みを浮かべながら、わたしたちにねっとりとした視線を投げる。その目にぞわり背筋が冷たくなって、わたしは隣の葵くんの腕をぎゅっと掴んだ。すると、葵くんがわたしをかばうように前に出る。
「こ、この変態華族が……!」
葵くんが彼を睨み、そう声を上げたとき――近くの女性が突然声を上げる。
「見て! あの方って……」
それに続き、入口の方でわっと歓声が上がった。そこから現れたのは――
「――へえ、俺が融資した金で、随分と下品な遊びをしてるね」
「あれ……藤一郎さん!?」
思わずそう声を上げると、葵くんがぐいとわたしの手を引く。
「しーっ! 見つかるだろ!」
「あっ……」
葵くんが女装していることを知られるわけにはいかない。
「な、なぜ由利殿がここに……」
顔を青くしている男性を見て、葵くんはそっと囁く。
「……双葉、今のうちに出よう。この男は、藤一郎たちがなんとかするだろ」
明らかに動揺している様子の男を見て、こくりと頷く。そして藤一郎さんと、おそらくどこかにいるであろう穏月さんに気づかれないよう、わたしたちはこっそりとその場を後にしたのだった。

リアンに戻り、わたしたちはドレスのままカウンターに腰を下ろす。
「葵くん、ついてきてくれてありがとうね」
男性に向けられた、嫌な視線を思い出す。一人で潜入するつもりだったため、ある程度は覚悟していたものの、気持ちが悪いのは変わりない。そんなとき、隣に葵くんがいてくれたのは、やはり心強かった。
「いや、わざわざこんな格好していったけど……全然役に立たなかったし。それに……はぁ、あいつ腹立つ! 双葉にあんな――!」
女性の格好のままで、あまりにいつも通りに怒る葵くんがなんだかおかしくて、ふっと肩の力が抜ける。
「……ふふ」
思わず笑うと、葵くんが不思議そうに首をかしげた。
「な、なに?」
「ううん、見た目はすごく可愛い女の子なのに、中身はいつもの葵くんなのがなんだか面白くて」
そう言うと、葵くんは不意に真剣な目をする。そして手を伸ばすと――わたしの頬にそっと手を添えた。
「あ……」 
葵くんはそのまま顔を寄せると――啄むように口付ける。そのまますぐ近くでわたしを見つめると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……この恥ずかしくて馬鹿みたいな格好も、全部あんたを守るためなんだからね。どれだけあんたのことを大切に思ってるのかわかる? これからも無茶しないでよ」
まっすぐに伝えられ、とくん、と心臓が音を立てる。
「……うん、ありがとう」
そう微笑むと、葵くんもふっと目を細める。けれどわたしはあることに気づいてしまい、顔が火が出そうなほど熱くなった。そんなわたしを見て、葵くんはきょとんとする。
「え、どうしたの?」
「ご、ごめん。なんか……女の子からキスされたみたいで……ちょっと変な気分で……」
「あ……」
葵くんもそれに気づき、同じく顔を赤くする。
「っ、き……着替えてくる!」
そう言って立ち上がると、葵くんは足早に階段の方に歩いていく。けれど、くるりとこちらを振り返ると――
「き、着替えたら、またするから! さっきのは忘れなよね!」
そう言い残すと、葵くんはぱたぱたと二階に上がっていった。
「そ、そんなこと言われたら……」
――とくとくと、心臓が甘い音を立てる。予告されたキスに、落ち着かなくなってしまったわたしは、ひとりきゅっと胸元を掴んだのだった。




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