変わった館長のいる奇妙な図書館に勤め始めてしばらく経ったが、まだこの館に慣れない。
 らせん階段の脇の壁はすべて本棚になっているのだが、どれだけきちんと順番に本を並べても、翌日にはまたばらばらになっていたりする。そのくせ、目当ての本はすぐに見つかったりもする。つき合い切れない。
 この館は生き物みたいだ。館長によると、新しい本を館が生み出すことさえあるらしい。まさかそのままの意だとは思えないが、こうまで不思議な出来事がつづくと、何があってもおかしくない。
 この前は館に小さな女の子が訪れた。女の子は館長と知り合いのようだった。「この間は、助けてくださってありがとうございました」と女の子が言っていたので、何のことだろうと尋ねてみた。
「帰り道に知らない場所に出てしまって、いつもの道が見つからなくて困っていたら、館長さんが案内してくれたんです」
 女の子はちゃんと正しい道を通っていたはずなのに、気づいたら異世界のような不気味な場所へ迷いこんでいたらしい。壊れた鳥居や遠くで聞こえるお囃子、物言わぬ覆面の人などを通りすぎ、途方に暮れていたところ、館長に出会ったという。彼についていくと小さな橋に出て、そこを渡ると元の道に戻れたのだった。
 異世界からの帰り道を知っているなんて、館長は何者なんだろう。得体の知れない人という彼への印象が強くなった。
 今日私に課せられた仕事は、本の返却の督促状を書くことだった。「まあ、返してくれずとも良いのだが、返す意志があるかないかは問うておきたい」と館長は言う。返してくれなくてもいいなんて、稀こう本もあるのに悠長だなと思うが、何事においても館長はおおらかである。
 督促状の宛先を見ると、知っている住所だったので、これなら直接うかがいに行きますよと言って、その住所へ向かった。
 築三十年ほどの、何の変哲もない一戸建てだった。館の利用者の名を告げると、その方は既に亡くなったと言われてしまった。若いのに、ご病気だったそうだ。
 本を返してもらうあてがなくなり、私は仕方なく図書館へ引き返した。館長に報告すると、「ああ、その本ならさっき返してもらったよ。無駄足を踏ませて悪かったね」と言う。
「でも利用者さんはもう亡くなってるって……代理人が返却に来られたんですか?」
「いいや、本人が返しに来たよ」
「ご本人が? どうやって……」
 館長は謎めいた微笑みを浮かべたけれど、嘘をついている感じはしない。この館は魂魄だけでも訪れることができるのだなと、私は思い知った。



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