彼はよく汗をかく。
暑いときはもう全身から。暑くなくても全身から。
からだのほとんどが水でできているみたいに。


緊張による発汗だろう。
彼はつねに何かにおびえているのだろう。
このままでは水をすべて出しきってしまって、クラゲの死のように空間に溶け込んでしまうかもしれない。
私はおそれる。


――どうしてそんなに汗が出るの。

――生まれているんだ、海が。


彼の中から海が生まれる。
彼は顔に流れる汗を左の手の甲でぬぐう。
彼の表面が波になる。凪のない海。





海は本当に生まれてくるのだと聞いたことがある。
海の底、海が生まれる場所があるらしい。
地面が少しずつ、地球の内部から押し出されるように隆起する。
私たちが気付かないくらいゆっくりと、海の底は盛り上がり、
いのちを含んだ水はどこからかこんこんと湧く。





私は乾いている。
炎天下を歩きつづけてきて、今、クーラーのきいた待合室で診察を待っている。


長い椅子が何列も並べてあり、たくさんの女がそこに座って私と同じく診察を待っている。
彼女たちのお腹は皆、膨らんでいる。
お腹の中には人がいる。
男や女や、一人や二人や、まだ形を成さないものもいる。

とにかくそこには誰かがいる。
彼女たちはそれぞれ、自分とは別の体を自分の中に抱えて、平然と座っている。

彼女たちは一人に一つ、海を持っている。
海には水が満たされている。
波もあるし、凪もある。
彼女たちは海を生み出し、その海にはどこからか、いのちがやってくる。


待合室には、海を持った女たちが、何列も何列も並んで座っているのだ。
女たちは海を産む順番を待っている。
新しいいのちは生まれる順番を待っている。

早く早く、あとがつかえてる。早く早く。


私はおそろしくなる。
けれど私も、海を持つ女の中に含まれている。





蒸し暑い夜。彼はやはり海を生み出している。
今夜は引力を感じる、と月を見上げて彼が言う。
彼の体に波が立つ。潮は月に向かい渦巻く。
彼はまた手の甲で汗をぬぐう。
波がせき止められる。
彼は同じ手で私の腹を撫でる。
海鳴りがする。
彼の瞳の中に月が映っている。
私は、そしてまだ私の中にいる存在は、引力を感じる。








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