砂漠の王国に雨を降らせた笛吹きがこの世を去ってから長い年月が経った頃、その雨乞いの音楽を書き写した楽譜はいつの間にか失われてしまった。
 その楽譜が再び現れたのは、あるどろぼうたちの前だった。どろぼうたちが盗んだものの中に、どういうわけかその楽譜が混ざっていたのだ。どろぼうたちはその楽譜がどんなものかは知らなかったが、笛が吹ける者が戯れにその曲を吹いてみることになった。
 だが雨乞い師でもない者が奏でたその曲はたちまち呪いとなり、雨ではなく星を降らせたのだった。その音色は星だけではなく、太陽をも空から落としてしまった。
 こうして世界は暗闇に包まれた。
 さらにまた長い年月が経った。世界の果てには海があった。海は星のない空を映して、何もかも吸い込んだみたいに真っ黒だった。
 海を挟んで、図書館と灯台がそれぞれの岸に建っていた。灯台はこの暗闇の世界で唯一の光だった。世界の果ての図書館には、一人の青年が住み込みで働いていた。
 ある日、一人の少女が雇われて図書館にやって来た。
 少女の仕事は、図書館の書庫にある本のススを払うことだった。昼も夜もなく闇に覆われた世界では、その闇が本に寄ってきて紙を黒く染め、定着してしまうと文字が食い潰されてしまうのだ。少女はそういった闇から本を守るために毎日無数の本を手に取り、ホコリを払うようにこびりついた闇をおとしていった。
 青年も本のススを払う仕事に携わっていたが、それとは別に、「星の木」を育てる仕事もしていた。
 「星の木」とはその名の通り、星がなる木である。大昔、地上に落ちた星のかけらを土に埋め、何代もかけて苦心して木にまで育てたものだ。それらは図書館の裏庭に植えられていて、鈴なりになった星の実が真っ暗闇にぴかぴかと輝いている。
 ある時少女は、もぎ取って集めた星の実を、対岸の灯台まで届けるよう青年に言われた。対岸に行く小舟にはたくさんの星の実が積まれた。コトコトと煙突から白い煙を吐きながら、船はゆっくりと黒い海に漕ぎ出した。
 沖に出るとそこら一面真っ黒になり、少女は自分の体にも書庫の本のようにススがつくのではないかと恐れた。明かりは目の前でぐるぐる回る灯台の光だけで、船はいっしんにそこへ向かって進んだ。少女は、灯台の役割も、なぜ自分が灯台へ行くように言われたかも分からなかった。
 海の中に一軒の家が浮かんでいた。やがて家は増えはじめ、船は海を漂う無数の家の中を割って進んだ。
 家にはそれぞれ明かりが灯り、たくさんの光が海の表面に映って揺れる様子は、誰かを弔う灯籠のようだった。
 家の中には家族が仲良さそうに肩を寄せ合っていた。ただしそれは実体ではなく、人々の記憶の残像なのであった。
 やっと向こう岸に着き、少女が灯台の中の長い階段をのぼって頂上に出ると、そこでは大きな光がぐるぐる回って世界を照らしていた。
 灯台の管理人は帽子を目深に被り、長いコートを着込んでブーツを履いているという出で立ちだったので、顔や体型はちょっと見ただけではよく分からなかったが、少女が覗き込むと、その人は透明人間だということが分かった。少女は少し不気味に思った。
 その透明な灯台守に星の実がたくさん詰まった袋を渡すと、灯台守は星の実を灯台の中央にあいている穴に放り込んだ。
 すると灯台の光はよりいっそう明るく輝き、遥か遠くを照らした。暗闇を貫くように照らす真っ直ぐな光に乗って、星の実は空へ帰っていった。




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