不器用な誓い ※成人カイル 何の変哲もない卓上に白い用紙がポン、と無造作のようでいてきっちりと差し出され、意図が掴めないカイルは真っ正面に座る男ーリオンがやけに真顔でこちらを見ているからカイルも雰囲気の違いを悟って、何となく姿勢を正したカイルはリオンを何事かと見つめ返した。 「……えっ…と……リオンさん?」 「…それを見ても分からないんだな」 ふぅ…と溜め息は吐けど、リオンはそんな事などもはや見通していたため鈍感なカイルがすぐに理解出来るよう、薄く桃色の小箱を用紙の上へ置き咳払いを一つ零し、改まった声で言葉を紡ぎ出す。 「1度しか言わない。成人おめでとう……そこの用紙に名前をサインして朱印を押せ。すぐに受理してもらう、以上だ」 彼は、いつになく早口で目線を下げて捲くし立てるように言った。 あぁ……そういえば、そうだった。 昔…15歳くらいだったかに「お前が成人を迎えたら、プロポーズするから待っていろ」ーーと、あの頃もそんな感じで一方的に未来の約束をされたんだっけ。 あの時のオレはリオンさんと付き合ったばっかだったから、よく分かんなくて、だけど……とても幸せすぎて。 ほんと…ぶっきらぼうな人だよね、リオンさんは。 カイルは改めて用紙を見た。 そこには美しく整った字で“エミリオ・カトレット”と記され、彼の指紋が隣に捺されていた。 リオンは静かに待っている。けれどその表情には自信と不安、もどかしさが沸々と浮き彫りになっていて、常のポーカーフェイスは今では形無しなリオンをカイルは愛おしく見つめて、羽ペンにインクを付け用紙に向かった。 リオンのようには綺麗に書けないけれど、カイルは一字一字を時間かけて、ゆっくりと呼吸を一つ置く感覚で書き連ねていった。 カイルだってこの用紙がどれほど重いかも、この一枚が2人の未来への出発を込めたものだって分かっている。 だからこそインクで滲ませるようなそそっかしい真似はしないよう気をつけて、最後のスを書き終えしっかりと朱の刻印を捺し、リオンを真っ直ぐと見据えて婚姻届を差し出し、自身の手ー指先もリオンへと委ねるーー その前に、カイルはふてくされて唇を尖らせ文句を言うために口を開いた。 「ねぇ!ちゃんと…言葉で言ってよ。そんなんじゃ嬉しくない!」 一方リオンは指輪をはめようとしたそのままの状態でお預けを食らってしまい、一瞬舌打ちをしそうになるも堪えて眉をしかめた。 言う身にもなれ、恥ずかしいんだからな? そう伝えているようなリオンの顔にカイルは悪戯っ子のように笑って、わざとらしく小首を傾げてみせた。 あざといぞ、と最近リオンに言われたしぐさだ。 「……ーーカイル」 意を決したリオンが殊更優しい声で名を呼んだ。 「これからの人生をお前と歩んでいきたい。…僕に、ついてきてくれるか?」 それに応えるように指先を委ねたカイルの頬からは涙が一筋を辿り零れた。 涙がでちゃうなんて、変なの。こんなに幸せなのにね? 「へへっ…どこだってついてくんだから…覚悟しててよ、エミリオ!」 薬指に優しく輝く光にリオンは口づけて、カイルの挑戦状じみた言葉に先程の余裕なさげな顔はどこかへ消え、不敵な瞳を向けて口角を上げた唇から言葉を紡ぐ。 「ふん…喜んで受けて立つさ」 冗談などではない互いの誓いの言葉を交わし合った2人は、どちらからともなく指を絡ませて深く口づけた。 いつまでもずっと、一緒にーー 2014.6.5
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