きっとその恋を思い出す-

扉を開けるといつものように美味しそうなご飯の匂いが鼻をくすぐる。パンプスを脱いでリビングに向かうと、お玉を持ったままの彼がひょこっとキッチンから顔を出した。

「ん〜おかえりィ♡」
「ただいま」

彼はサンジくん。くるりと巻いた眉毛と片目を隠すように伸ばした金髪に咥えたタバコ。誰もがあの人気漫画のコックを思い出したに違いない。彼が突然やってきたのは3ヶ月ほど前のこと。不思議海流に巻き込まれたらしいサンジくんはこちらの世界に来てしまった。初恋の男性であったサンジくんを目の前にして冷静でいられなかった私は猛アタックの末、めでたく彼と恋人になったのだけれど正直なところ不安だらけだ。だって、彼は元の世界に帰らなくてはいけない人だから。

「今日もお疲れ様、なまえちゃん」

そう言って私の鞄を受け取りながらちゅっとおでこにキスを落とす彼にキュンとする反面、胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになる。この笑顔を見れるのはあとどれくらいだろうか。期限付きの恋はつらいことばかりだ。すらりとした彼の足によく似合うスーツに顔を埋めて大きく息を吸い込むと、いい香りに包まれる。その幸せを感じながらもう1度小さくため息をつくと、心配したのか顔を覗き込んできたサンジくんにぎゅっと抱きしめられた。

「なまえちゃん?」

私の名前を呼ぶ声がくぐもって聞こえる。こんなに近くにいるのに遠く感じるなんて。行かないでと言えたらどんなにいいか。だけどそれを言ってしまったら優しい彼を縛り付けてしまいそうだから言えない。代わりにそっと背中に腕を回すとさらに強く抱き寄せられた。

「何かあった?大丈夫かい?」
「なんでもないよ。急いで着替えてくるね」
「ゆっくりでいいよ」
「ありがと」

着替えるために寝室に入ると机の上に段ボールが置かれていた。記憶を手繰り寄せながらガムテープを剥がすと中からは小さな箱が姿を現した。手に取るとパッケージには麦わら帽子を被った骸骨と彼の名前、それから彼が好んで吸っているDEATH LIGHTがプリントされていた。

ついに手に入れた。サンジくんのイメージフレグランスを!

小さく震える手で箱を開けると、ひんやりとした瓶が現れた。中には海みたいな青色の液体が入っている。電球に透かしてみるとまるで海の中にいるみたいだった。

「綺麗……」

蓋を開けて鼻先に近づけてみると、柑橘系の爽やかな香りの奥に少しだけ甘い匂いを感じた。どうしようもなくどきどきする胸を押さえつつ蓋を閉じるとカタッと音がした。驚いて振り返ればそこにはいつの間に入ってきたのかサンジくんの姿があった。

「サ、ンジくん?!」
「ごめん、ノックしたけど返事がなくて勝手に入っちまった」
「ううん、大丈夫だよ」
「何してたの?」
「これ見て」

持っていた小瓶を見せると彼は興味深げにそれを覗き込む。

「香水?」
「そう、サンジくんをイメージして作られた香水」
「おれをイメージした?」
「うん」
「世界中のレディ達がこれを……」

ごくり、と唾を飲み込んだ彼の喉仏が大きく動いた。また変なこと考えてるんじゃないだろうか。じとっと見つめていると彼はハッとして咳払いをした。

「開けてみてもいいかい?」
「どうぞ」

サンジくんはやきゅぽっと音をたてて蓋を外すと、恐る恐るという感じで匂いを嗅いだ。

「へェ、おれの匂いってこんなイメージなのか」
「いい匂いだよね。ずっと買うか悩んでて……サンジくん?」

いつの間にか香水は机の上に置かれサンジくんはジャケットを脱ぎ捨てていた。がらりと変わった雰囲気に戸惑っているうちに、ネクタイも外されワイシャツのボタンも上から2つ目まで開けられていた。形の良い鎖骨と厚い胸板が見え隠れしている。

「自分の匂いってのはなかなか分からねェもんだ」

私を見つめる彼の瞳は熱を帯びていて思わず後ずさると壁際に追い込まれた。壁についた彼の手が逃げ場を奪っていく。見上げる形になった彼の顔は逆光になっていてよく見えないけれどギラリと輝く青い目がとても印象的だった。

「ねェ、おれってどんな匂い?」

耳元に唇を寄せて囁かれた言葉は吐息とともに私の耳に吹き込まれた。

「ん、くすぐったいよ」
「教えてくれなきゃわかんねェから。ほら、なまえちゃんの口から聞かせて?」
「た、たばこの匂いと……お料理の……あっ」

首筋を舐められて声が上擦ってしまう。そのまま何度も唇を押し当てられ頭がクラクラしてきた。サンジくんは私のことを大事にしてくれてるけどたまにほんの少し意地悪になる。それが嫌なわけじゃないけれど、恥ずかしくてどうにかなりそうなのだ。

「他には?」
「あとは……海の、香り」
「へェ、染み付いてんのかな。それから?」
「汗と、香水、も、もう無理……」

これ以上されたらおかしくなる。必死で訴えると彼はくつくつと喉の奥で笑いながら私の頭を撫でてくれた。そしてそっと抱きしめられると彼の香りに包まれる。落ち着くけどドキドキする不思議な匂い。

「ごめん、いじめすぎた。可愛い反応してくれるからつい調子に乗っちまうんだよなァ〜♡」

親指で頬をなぞられて視線を上げると彼の優しい笑顔とぶつかった。じいっと見つめているとその指が耳をくすぐり始めた。じわり、じわりと熱が伝わって溶けてしまいそうだ。

「なまえちゃん」

形の良い唇が私の名前を紡ぎ出す度に心臓が跳ね上がる。そのまま両頬を包み込まれればもう目を逸らすことなんてできない。

「キスしてもいい?」
「……うん」

ゆっくりと唇を重ね合わせるとちゅっと音を立ててすぐに離れた。物足りなくてもう一度とせがむように見つめれば、今度は噛み付くような口付けに変わった。呼吸さえも飲み込んでしまいそうな激しいそれに頭の中が真っ白になり何も考えられなくなる。シャツを掴むと彼の匂いが強くなってくらりと眩めいた。
今だけはただ彼を独り占めできる喜びを胸に刻み込む。この先、彼が離れていく未来が訪れようとも決してこの匂いを忘れないようにと願いながら。




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