左手に持ち替えた片手剣を下し、召還器を取り出す。腰のホルダーに入っていたそれはひんやりと冷たい。弾は出ないと頭では分かっているのに、人を殺す道具であるという意識はやはり消えない。手を触れただけで、無意識の恐怖に心拍数が上がった。 大きく剣を振り下した順平がシャドウを大きく後退させ、背後を狙ったゆかりの矢はシャドウに命中した。シャドウの、無音の叫びを聞いた気がした。 しかしまだ消滅には至っていない。 数日前に一度そうしたように、銃口をこめかみに当て引き金に指を添える。すると、何故だか逆に心が落ち着いた。 小さく、息を吐く。 それは、ヘッドホンから音楽が流れてくる瞬間に似ていた。 |
「快気祝いというか入部祝いというか…一応君に、と思ってプリンを買ってきたんだが、食べるか?」 「もらいます」 (あ、ちょっと笑った…) |
「ノート、ちゃんと取ってあるよ」 その場を繕うようにゆかりは身を乗り出して云った。少しだけ驚いたように彼は数回瞬きをしてゆかりの顔を見つめる。 「だって、ほら、もう結構授業進んじゃってるから、必要でしょ」 同じ寮の誼で見せてあげるんだからね。と慌てて彼から視線を逸らし、ゆかりは自分でも可愛げがないと思うような台詞を吐いた。 (じっと見られると、ちょっと…) (えーと) (…うん) |
その日は満月だった。 そのことだけははっきりと覚えている。 現実味のない隠された時間の中で、空に浮かぶ満月だけが現実であるように思えた。いっそ全て嘘だったらいいのに、消えそうな意識の中で思ったけれど、それを嘲笑うかのように月は一層の光を放った。 「Good morning, My dear」 囁いたのは誰だったのか。 瞼を閉じると同時に背中から倒れた。じんわりと冷たさが躰に広がる。 もう後には戻れないな、と思った。しかしそれが存外嫌ではなかったのは、多分、ようやく「始まった」のだとどこかで知っていたからだろう。 |