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「真依さん、例の指名です」

「…またですか。分かりました」


事務の子からの言伝に騒がしいピットに掻き消される溜息を吐く。
もう一体何度目だ…!ジャッキを握る手にわなわなと力が入る。

電話してからすぐに現れるであろうあの男にこれから時間をかけないといけないと思うと作業効率が悪いと思いながら、目の前の普通車のオイル交換を進めた。

そしてこの車の引き渡しとほぼ同時刻にあの男がやってきた。


「すみません、真依さん。今回もよろしくお願い致します」

「…いつもご贔屓にして頂いてありがとうございます。早速見させてもらいます。安室さん。

えーっと…全体的に左を大きく破損ですね…。ヘッドライトの配線も落ちてきていますね。流石にエンジンルームの損傷はなさそうですけど…汚れも大分目立つのでクリーニングしておきます。タイヤはー…ローテーションしておきます。そしてあと一つ。
もう少し大事に乗ったらどうですか?」

「いやいや、この愛車ほど僕と相性が良い車はありませんので」

「そうじゃなくて、この世界でも美しいと言われるこの車を維持して欲しいということです!」

「…、努力はするよ」


困ったように笑みを浮かべる安室さんを横目で確認して、請求書楽しみにしていて下さいとお客様に言える最大級の嫌味をプレゼントすると、いくらでも払いますよと柔和な笑みで返される。

「あと、僕これから3日後に予定があって不在になるので、出来れば…」

「…3日後の朝に取りに来てください」


目の前のイケメンは満面の笑みでお礼を言うと工場から出ていき、私の地獄は今から始まった。