それはいつも通りのお昼時、お弁当を持ってギアステーションを訪れ、駅員さんに関係者入り口に通してもらおうとしたときでした。


「もし…この方はこれからワタクシと予定がございますので、このバスケットは貴方様がサブウェイマスターまで届けていただけますか」

「は…?」


…えっ、……誰。























ていうか何!?

いきなり、知らない人に肩に手を置かれ、上記の台詞を吐かれました。
駅員さんも「え?」ってなって、反応に困ってる。

え、え。誰?これ。
私の肩に手を置いたその人は、なにやら背の高い男性で…黒いハットを目深に被り、黒いコート、黒いスラックスの全身見事なまでの黒ずくめで、髪まで黒かった。
…知り合いに、こんな人はいない。それに、わたしに今日そんな誰かと会うような特別な予定は無かった…はず…。

…人違い?
この黒ずくめさん、私を誰かと勘違いしてるのか?


「あ、あの…?」


顔を見上げると、とても綺麗なエメラルドブルーと目が合った。

…ん?エメラルドブルー?


「! イn…むぐっ」

「Si」


えっ、なんで口塞がれんの。
…名前言っちゃだめ?なの?

にしても…インゴさん、だ。インゴさんだよこれ。何故か髪黒いけど。
あ、でもよく見ると、ちょこちょこ地毛の金色が覗いてる。…ウイッグ?
いやていうか何故にインゴさんがこんなところに??


「え、えっと…この方はお知り合いで…?」

「あ、は、はい…」


駅員さんの問いに、若干しどろもどろに答える。な、なんか変装してますけど…知り合いですね…変装した知り合いですね…。
てか下手すると駅員さん、あなたも知ってますよ。この方…。


「では、よろしくお願いいたします」

「え!?あ、あの…!?」


インゴさんは私からお弁当のバスケットを奪い駅員さんに押し付けると、うろたえる駅員さんを無視して、歩き出した。
…私の肩を抱いた状態で。
てかインゴさん、ゆっくり丁寧に喋りさえすれば、日本語もすごく流暢に話せるんですね?ちょっと感動した。スゲー。


「…インゴ…さん?」

「ハイ」

「…何ですか?コレ…」

「…申し訳ありまセンガ、もう暫く、何も言わずついて来ていただけますカ」

「は、はぁ…?」


あ、口調がいつものカタコト風に戻った。
…まぁ、事情はよく分からないけど何か用がおありのようだし、ついて行けばいいか。兄さん達のお弁当は駅員さんが届けてくれるだろうし。

そういえばインゴさんにお会いするのも、なんだか久しぶりだなぁ…。
例のプロポーズ事件以来、兄さん達は私とサブウェイボスのお二人を会わせないように画策しているらしく、お二人がお仕事で来日していても中々お会いすることはできない。
あれから家には一度も呼ばないし…お弁当を届けに行くタイミングで、何度か挨拶が出来たことがあるくらいだ。…ちなみに、食事中の乗務員室へのサブウェイボスの立ち入りは禁止。大人気ない。


「…ここまで来れバ、とりあえずは大丈夫でショウ」


エスコートされるままにギアステーションを出てライモンの町を歩き、ギアステーションの建物が見えなくなるあたりまでやってきた。
インゴさんはハットとウィッグを外して、地毛の金髪を手櫛で整えている。
…え。ちょ、道端のゴミ箱に帽子とヅラ捨てたよこの人。


「え、えっと…インゴさん、今日は何故ライモンへ…?」


その変装?のこととか、それ以前に何で日本にいるのかとか、聞きたいことが多々あるのですけれども。
兄さん達からサブウェイボスの研修があるとは聞いていないしなぁ。


「ああ本日は…ナマエ様を、攫いに参りマシタ」


…は?


「…攫いに?」

「ハイ」

「…え、わ、私を?」

「Yes, I come to kidnap you...正確にハ、ノボリ様とクダリ様からナマエ様を、でございマス」

「はぁ…兄さん達から」

「ハイ。貴女様を独占しているあのお二人かラ。
先程の変装ハ、お二人の目を欺く時間稼ぎでございマス。
ナマエ様を連れて行った人物がワタクシであることが知れたラ、あの方々は職務を放棄してでも、即座に追いかけて来ると思いマシテ。」


あー…まぁ、それは確かに…?
今頃は、私がいないのにお弁当だけあるってことで、さっきの駅員さんに詰め寄ってそうだなぁ兄さん達……ってあぁぁ駅員さんごめんなさい。


「…そういう訳でしテ、不肖ながらこのインゴ、本日一日ナマエ様を誘拐させていただきたく思いマス。...Braviary!」

「わっ!?
…あ、えっとこの子は確か…ウォーグル…?」

「ハイ。...Follow my hand, princess?」


インゴさんがモンスターボールを投げて出てきたのは、ワシボンの進化系の、大きな鷹のようなポケモン、ウォーグル。
インゴさんは身軽にウォーグルの背に乗り、私に手を差し伸べた。

…まだイマイチ何が何だかよく分かってないんですけど。
ていうか『お手をどうぞ、お姫様?』って…インゴさん、キマリすぎてますよ。それ。真顔でこんなこと言える人初めて見た。

…ああでも今の一言でなんとなく雰囲気は分かったかも。
つまり、これって…


「…デートのお誘い、ですか?」

「…ハイ。こうでもしなけれバ、ナマエ様にちゃんとお会いすることは出来ないと思いましタ。」


…確かに、インゴさんが私に会おうとしたら、こんなふうに兄さん達を欺くしか方法しか現状では無いのかもしれない。
でも…デートか。二人でお出掛けをするってこと自体は、私は構わないんだけど…


「…インゴさん。わたし、今のところはプロポーズを受ける予定は無いのですが、それでも宜しいのです?」

「Of course. ご友人からと仰ったナマエ様のお言葉、しかと覚えておりマス。ワタクシもそれを承知致ましタ。
…しかシ、友人関係を築こうにも、ノボリ様とクダリ様にことごとく邪魔をさレ、挨拶を交わすことさえ満足に出来ない始末。それ故、少々強攻策に出させていただいた次第でございまス」

「それで、誘拐デート。ですか。
……ふふ。いいですね、わたしこういうの嫌いじゃないですよ?」


ふむ。インゴさんとエメットさんに対する兄さん達の態度は、私も困ったものだと思ってたのだ。うん、良い薬になるかもしれない。
インゴさんとも…プロポーズの件は取り敢えず置いといて、ゆっくりお話してみたいとも思ってたし。
お友達としてでいいなら、喜んで攫われよう。

何より、私に会いたいというだけでこんなことをしてくれたのは、純粋に嬉しいしね。


「…デハ。」

「はい、一日よろしくおねがいします。インゴさん。あ、兄さん達に邪魔されないように、キャスの電源は今切っておきますね」


…既に大量に着ていた不在着信は、無視無視。





「ここは…」

「フキヨセシティ、でございマス」

「フキヨセシティ…」


ライモンからウォーグルのそらをとぶでやってきたのは、大きな滑走路のある、小さな町。
でもいいな〜、こういう小さな町結構好き。ライモンは大きすぎだしうるさすぎるよね。
私は都会より田舎が好きだ。土いじりとかできるところが好きだ。


「…どうぞ」

「あ、ありがとうございます…!」


ちょっと肌寒いかなと思ったら、インゴさんが着ていたコートをさりげなく肩に掛けてくれた。紳士…!


「このフキヨセシティに、何かあるんですか?」

「ハイ、こちらデス。
…本日行く場所は、色々と考えたのですガ…お恥ずかしながらワタクシ、ナマエ様の好み等はあまり存じておらズ…」

「あ、いや、それはなんというか、仕方の無いことですから…。」


知ろうにも、インゴさんからじゃツールが無い。どう考えても。


「そう言っていただけるとありがたいデス。ワタクシの独断と偏見で選んだ場所なのですガ…恐らく、ナマエ様は気に入っていただけるのではないかト。」

「わあ、本当ですか?
…なんだか、私の為に場所を悩んでいただけたという、そのお気持ちがとても嬉しいです」

「…イエ、当然のことをしたまででございマス…」


プレゼントとかもそうだけどさ、その人が私のことを考えながら一生懸命選んでくれたものだっていうのがさ、嬉しいよねー。
一生懸命選んでくれたなら、モノは基本なんでもいいんだよ。…まぁ、あまりにも趣味が違いすぎる、手元に残っちゃうものはちょっと困るけど。
元の世界の私の部屋、数年前に友達から貰ったキャラクターもののぬいぐるみポシェットがずっと肩身狭そうにしてるんだよなぁ。

…って、ん?なんかインゴさん顔赤い?気のせい?


「…これから行く場所は、バチュルの生息地でございまス」

「バチュルの?」

「ハイ。電気石の洞穴という場所でございましテ、バチュルの他にモ、ノボリ様のギギギアル、クダリ様のシビルドンのそれぞれ進化前であル、ギアルとシビシラスも生息しておりマス。」

「へぇ…!」

「稀ニ、ドリュウズの進化前であるモグリューも出現いたしマス。…あの日、ナマエ様はノボリ様とクダリ様のポケモン達にとても慕われているとお見受けいたしましたのデ。…ただの洞穴でございますガ。」

「いえ…!すごく行きたいです!
私はトレーナーではないですが、ポケモンはとても好きで…!それに私、人が多い賑やかなところより、人の少ないのどかなところのほうが好きなので…ポケモンの住む自然の洞穴なんて、ライモンの遊園地に行くより嬉しいです!」


遊園地も遊園地で、もちろん好きではあるけどね。絶叫モノ好きだし。
でもポケモン+自然のコンボには勝てないかな!

にしてもバチュルたちのいる洞穴か〜…いっぱい居るのかな?居るのかな?
よく考えたら、わたしそういう生息地〜っていうとこ…森とか、洞窟とかって、こっちの世界に来てからまだ行ったことないんだよね…。
…うわ、めっちゃテンション上がってきた!
ちょう楽しみ!!バチュル〜!!


「…お気に召していただけそうデ、良かったでス」

「はい!連れてきてくださってありがとうございます、インゴさん」

「滅相もございまセン。…見えて参りましタ、あれが入り口デス」


インゴさんが指差したのは、町の外れにある、洞穴への入り口。
…あれ?


「…インゴさん、なんだか入り口…青くないですか?」

「電気石の洞穴は、少々変わった場所なのでス。中に入ればもっと驚かれますヨ」

「そうなんですか?」


…やっぱり、青い。
近付く程に青さが顕著になってきた。というか…洞穴のはずなのに、なんだか明るい?


「…どうぞ。お足元に気を付けテ」

「あ、はい」


片手をインゴさんに支えてもらい、洞穴の中に入る。
足元、もっとしっかりしたもの履いてくれば良かったな…って…


「…!?」


えっ!?


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