「ね、ナマエナマエ!明日はさ、ノボリと3人でピクニックにいこうよ!」
夜も更けた午後11時。
ポケモン達を交えた団欒タイムの最中、クダリ兄さんがピクニックの提案をしてきました。
二両編成
「ピクニック?…あ、そっか。兄さん達、明日お休みなんだっけ」
兄さん達は超がつくほどのオーバーワーカーだ。唯でさえ朝早く夜遅くという生活なのに、7連勤なんてものは当たり前。
私は学校にしろ仕事にしろ週2の休みがないと死ぬ人間だったから、尊敬通り越して軽く引く。そんなに働いてどうすると言うのですか。
というかバトルサブウェイの現システムが兄さん達に対して鬼畜過ぎなんだよね。トレイン運行にはボスである兄さん達が出勤していることが絶対条件なくせ、定休日と呼べるほどの定休日は無く、9:00〜20:00という運行時間。殺しにかかってる。
まぁそんな感じであまりにも休みが無い人たちだから、たまのお休みは毎度不意を突かれるのだ。
デンチュラパパ(バチュルの実のお父さんらしいから私はそう呼んでいる)の前足のもふ毛をブラッシングする手はそのままに、首だけを動かしてカレンダーを確認すると…あったあった。明日の日付のところに、お休みを表す丸印。
えーっと…
「『定期車両点検日』?」
丸印と共に書き込まれたメモを読み上げる。
「これは確か…バトルトレインをお休みにして、トレインの一斉点検をする日?で合ってる?」
「うん正解〜明日はサブウェイおやすみ。ぼくもノボリもおやすみ。だからピクニック!」
ね、いいでしょいいでしょ!?と、クダリ兄さんがアイアントを撫でながら目をキラキラさせてきた。
今日は虫ポケちゃんコンビのお手入れなうです。イワパレスはさっき終わってボールの中。
にしてもピクニックか〜ピクニックなんて最後に行ったのいつだろうなぁ。
「もちろん私はいいわよ。あったかくなってきたし、ピクニックには良い季節よね。
兄さん達が一日お休みならちょっと遠出して…自然がいっぱいあるところに行きたいなぁ。ライモンには緑が少なすぎるのよ。あなたもそう思うわない?パパ」
「チュラ?」
「あら、思わない?」
デンチュラと目に合わせて問いかけると、そうなの?と言った風に首を傾げられちゃった。ああもうかわいいなぁ〜…
私蜘蛛って結構苦手だったんだけど、デンチュラバチュル親子のお陰ですっかり平気になってしまったよ。てかバチュルが蜘蛛ポケモンだって言われたときは本気で冗談言ってると思ったしね。だってどう見てもフォルムが蜘蛛じゃないだろうあれ…
デンチュラは蜘蛛蜘蛛しかったけどバチュルの刷り込みのお陰で平気だった。「バチュルの進化系可愛い!」って気持ちが上回った。
ビバ、ポケモン。
「デンチュラはサブウェイ生まれのサブウェイ育ち!あんまり他のとこ行ったことない」
「ええ〜…連れてってあげなさいよ兄さん…」
「連れて行こうにもぼくが行かない」
「もっと地上に出なさいな。お休みが取れないのは仕方ないけれど…」
「カナワには行くよ!ポケモンたちも何度も行ったことある!」
「カナワ?」
「明日いくとこ!」
「え、そうなの。もう行き先は決まってたのね…そこって自然、多い?」
「けっこうある!」
「カナワは、車両基地が観光名所となっている片田舎でございます。緑も多いですよ」
「あ、ノボリ兄さんほかえりなさい」
「ノボリほかえり〜」
「はい。ほかいまでございます」
お風呂上りの性的ノボリ兄さんご登場。今日も今日とて壮絶な男の色気ありがとうございます。なむなむ。
交代でのお風呂、今日はノボリ兄さんがラストでした。
でも緑の多い片田舎にピクニックか…いいなぁ。のどかそう。
「そのカナワってとこには、兄さん達はよく行くの?」
「そうでございますね。時間さえありましたら」
「へぇ…何をしに行くの?日光浴とか?」
「いえ、電車を見に。」
「……………ごめんなさいちょっと上手く聞こえなかったわ。もう一度言ってくれる?」
「電車を見に参ります」
やべぇ空耳じゃなかった。
「…何で?兄さん達って毎日仕事で腐るほど見て乗ってなかった?」
思わず顔が引き攣る。
兄さん達の鉄ちゃんっぷりは理解してるつもりだったけど…え、オーバーワークに毎日嫌ほど乗ってるのに、貴重な休日まで電車に費やすのです?
えぇ〜…す、すげぇ〜…やべぇ〜…ぱねぇ〜…
「カナワにはね、大きな転車台があるんだよ!電車たちのおうちなの!」
「ほ、ほう?」
あ、ヤバイなんか兄さん達のスイッチ入いっちゃったっぽい。目の輝きが半端ない。
…あーでも、なんかバトルでハッスルしてるよりこっちは幾分平和だ。人相が悪くない。二人ともキラキラしててかわいい。
バトルで血沸き肉踊ってるときってマジキチ顔してるからな。この人たち。
「鉄ちゃんねるの皆様からの情報によりますと、明日その転車台に乗せられる車両に、レトロトレインがあるということなのです!わたくし達の休暇とレトロトレインが重なる機会はまたと無いのでございます!この機会を逃す手はございません!」
「あの整備士さんにも裏付け取ったもんね!あー明日楽しみすぎる!」
「…ピクニック、よね?」
「そうだよ!いろんな電車見ながらおべんと食べようねナマエ!」
「実に楽しみでございます!」
「そ、そうね…楽しみだわ…、ハハ」
わたしは今確信した。明日のミッションは、この鉄オタ双子の鉄道ウンチク地獄から逃走を図ることであると。
…あと、明日のお弁当は食べやすさ重視のものを作ろう。今からこの調子じゃ明日は手元もおぼつかなそうだから。この人たち。
明日の私は、きままな散歩や日光浴や森林浴を楽しもう。そして様子を見て、電車に興味が無さそうな子のボールを二人の腰から掠め取って一緒にすごそう。ドリュウズやイワパレス、アーケオスなんかは自然好きそうだし。オノノクスも体が大きいせいで中々のびのび出来ないから、出してあげたら喜ぶんじゃないかな。
とにかくこの双子に捕まってはならない。うん。
「明日は何分のダイヤで行こうね?」
「そうですね…ライモンからカナワでしたら明日は平日でございますし、混み具合に関しては考えずとも…」
「え?カナワって電車で行くの?ポケモンじゃなくて?」
「カナワに行くのにポケモンなんて外道も外道だよナマエ!『電車の聖地カナワへは、ライモンシティギアステーションより発車のローカルトレインをご利用下さい!』だよ!」
「あ、そ、そうなの…?」
「ギアステーションは本来、バトルサブウェイの為の施設であり交通機関ではございません。しかし車両基地があるカナワとは設立当初から路線が繋がっており、業務用として使用されておりました。
カナワへのローカルトレインは、数十年前その路線を正式に客用の路線としても使用してはという要望案が提出され、採用されたもの。ギアステーションを走る唯一の非バトルトレインなのでございます」
「バトル好きの人だけじゃなくて、鉄道好きの人も電車を見にギアステーションには来るしね。そんなところから唯一走ってる非バトルトレインが繋くのは聖地カナワ…う〜なんとも言えないよね!ロマンだよね!」
キャー!とクダリ兄さんが叫びながらアイアントを抱きしめる。アイアントが若干死んだ目をしていることにはノボリ兄さんもクダリ兄さんも気付かない。
明日は一緒にお散歩しようねアイアント…。
「ああでもなるほど。そういう経緯で…」
お弁当を届けに行く度に、バトルトレインしか見当たらないのが不思議だったのよね。この世界に来た時確かに普通の電車に乗っていたのに、なんでだろうって。
そっか、普通の電車は一路線しかないんだ。じゃあ見つけられなかったのも納得。そこまで探したわけでも無かったし。
と、いうことはだ。私がこの世界に来た時に乗っていたのは、100%の確立でカナワからギアステーションへの路線だった訳だ。
…じゃあ
「逆の、ギアステーションからカナワへの線に乗ったら…元いた世界に、帰っちゃったりして?」
「…えっ?」
「まーでもそれは無いかな。なんかそんな単純じゃない気がするし、これ」
自分の長い銀髪の毛先をつまんで、照明に照らして仰ぎ見る。うん枝毛は無し。
カミツレさんのお知り合いのビューティアドバイザーさんが私の髪にと選んでくれたトリートメントはとっても優秀で、キューティクルが毎日絶好調に天使のわっかを作ってくれる。ツヤが増したから今は本当に銀髪って感じ。
すごいよなぁ〜コレ、シリコンじゃないらしいのに。
ちょっと前まで…日本人の平均的な黒髪だった頃は、私の髪はどうにもストレスに弱くって、カラーパーマを自重してもすぐ痛んでしまって中々伸ばせなかったのにな。
「…ナマエは、こちらにいらした際、電車に乗っていたのでしたか」
「そうそう。普通の電車だったから、そのカナワとギアステーション繋いでる路線で間違いないわね」
「来てしまった時とは逆の、折り返す路線に乗れば、もしかしたら…ということですか」
「うん、そう思ったんだけど…でもその可能性は低いんじゃないかな」
「何故でございますか?」
「うーん、何となくなのだけれど…私は来た時、何も持ってなくて、その日の電車で眠っていたまでの記憶も無くて、挙句の果てに姿まで変わってた。それも何故か兄さんたちそっくりに。
なんだかここまで用意周到というか、色々されておいて、ただ来た時と逆の行動を取っただけで戻れるっていうのは、どうなのよって思うのよね。そんな簡単じゃない気がするのよ。これって」
最近は、私は何かここでやることがあって呼ばれたのかなーとか、思うようになってきた。ぼんやり、何か意味があるんじゃないかなって。何かを為し得ないと帰れないんじゃないかなって。
いやただの妄想かもしれないけどね勿論。
まあ考えたところで答えなんか出ないんだし、そういうことは考えない考えない。
カミツレさんの教えを頭で反芻させ、ふぅと息をつく。
デンチュラパパが気遣うように近づいてきてくれたので、ぎゅむっと抱きしめる。ん〜モフモフがきもちー。
「…ね、ノボリ」
「はい、なんでしょうか」
「…やっぱり、カナワ行くのやめよっか。ナマエ、遊園地行こうよ!ぼくと観覧車乗ろ!」
「…え…」
「カミツレにジムバトル挑んでもいいし、あとミュージカルも平日なら当日券取れるよ!」
「…クダリ兄さん」
それまで黙っていたクダリ兄さんが、特別明るい声を出して提案をしてきた。
強引さを隠そうとせず、有無を言わせないと言った様子だ。
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