「きっとカナワに行くより楽しい!そうしよう!」

「…ううん、クダリ兄さん。カナワに行きましょ?何も起こらないわよきっと」

「…わからないよ。ナマエいなくなっちゃうかもしれないじゃない」

「確かに可能性は多少あるかもしれないけど…」

「でしょ?だからやめよう。ライモンで遊ぼ。ね、ナマエ」

「…兄さん」


気持ちは…嬉しいんだけれど…。


「…おやめなさい。貴方はナマエの意思を尊重せず、身勝手な己の欲を押し付けるのですか。みっともない、恥を知りなさい」


言いよどむ私をフォローするかのように、ノボリ兄さんが口を挟んだ。で、でもちょっと…なんでそんなに攻撃的なの兄さん?


「の、ノボリ兄さん、そんな言い方をしなくても…」

「良いのです。…クダリ、貴方のそれは愛情ではなくただのエゴでございましょう。そんなこともわからないのですか」

「…エゴの何が悪いの。ぼくはナマエにここにいてもらいたい。そう思うから、その気持ちを伝えてる。それだけだよ」

「ナマエの意思を尊重なさいと言っているのです。貴方が色々言うことで、正常な判断ができなかったらどうするのですか」


…二人は淡々と会話をしているが、なんだかこの流れはよろしくない展開な気がする。


「正常な判断ってなに?これってナマエだけの問題じゃないでしょ?ぼくたちとナマエとの関係の問題なの。複数人を跨いでる時点で、判断がナマエだけに委ねられるなんておかしくない?友達でも恋人でもさ、片方がいきなり一方的にその関係やめたいって言ったら、もう一方はそれを阻止しようと努力する権利さえないの?そんなわけ無いじゃない。この言葉そのままノボリに返すよ。そんなことも分からないの?」

「ちょ、ちょっと二人とも…」

「詭弁ですね。前提に於いて大きな違いがあるでしょう。ナマエとわたくしたちはフェアではないのです。片や実のご両親と生家、ご友人。20余年の人生全て。片や数ヶ月の同居人。犠牲にするものが違いすぎます」

「フェアだよ!!過ごした年数とか、血の繋がりとかさ、そんなのは関係無いんだよ!ただ人を好きだっていう気持ちにそんなものは関係ない!優劣なんかないし比べられるものじゃない!違う!?」

「あの、聞い…」

「…いつまでも子供のような駄々を捏ねるのはやめなさいと言っているのです!ナマエを家に迎え入れる日に取り決めましたでしょう、わたくし達がナマエの兄でいるのはナマエが元の世界に帰るまで!承知していたのではなかったのですか!」

「ノボリはいつもそう!いつもいつもそう!!そうやって相手のことばっか優先して、自分のこと大事にしない!二の次!それで後から悲しんでるじゃない!そんな自己犠牲やめなよ!そんな事されたってナマエよろこばない!」

「そんなことはクダリが決めることではありません!おやめなさい!!」

「…ったっくもー!!アイアントちょっと離れて!パパ、このうるさい馬鹿兄たち糸で縛っちゃって!近所迷惑!」

「チュラッ!」

「ふぇ!?」

「なっ!?」

「私の為に争わないで頂戴この馬鹿双子」


あと人の話を聞きやがれ。

デンチュラの糸でスマキ状態になった兄さん達は、バランスが取れず無様にこけた。
無駄に足が長いからよ。ざまぁ見なさい。


「え、ちょ、なにこれ!?糸!?」

「はい、もっと声量落として。ミサイルばりでちくちくされたくなかったらちょっと黙って頭冷やしましょうね兄さん達。
今何時か分かる?深夜なの。近所迷惑でしょ?大声で喧嘩なんて何考えてるの?社会不適合者にでも成り下がろうというのかしら?」


あぁん?
そういいながら床に伏している二人ににーっこり笑いかけてやると、二人の顔から血の気が引いた。うんそうね、それでいいのよ?


「ごめんなさいは?」

「ご、めんな…さい…」

「も、申し訳ございません…」

「よろしい。…ごめんねアイアント、二人の糸、切ってもらっていい?」

「アイッ」

「ありがとう。はい、兄さんズは正座して。そこ。」


びっ、と指を差すと糸から開放された二人は従順に隣り合って正座した。…そんな怯えたような顔で見上げないでよちょっと。別に取って食おうっていうんじゃないわよ。
ちょっとお説教させてもらうだけです。

人を叱るときは、自分が誰より冷静に。
私も深呼吸してクールダウン。すー、はー。


「…じゃあまずクダリ兄さん。…そうね、私に対しての要望を簡潔に15文字程度にまとめなさい」

「へ?え、えっと……『ナマエここにいて。帰らないで』。」

「そう。他人への好意はそのくらいのシンプルさが一番いいと思うわ。さっきみたいに回りくどくガツガツ来られるのはちょっと怖かったから。
兄さんがさっき言ってたように、自分の気持ちを相手に伝えることは私も大事だと思う。でも、伝え方は考えなきゃいけないんじゃないかしら?」

「え、ナマエ怖かったの?ご、ごめんね?」


私が怖かったというと、クダリ兄さんは焦ってすぐに謝ってきた。本当に申し訳なさそうだ。
なんかこういう顔してるとクダリ兄さんってマジでバチュルに似てるな。こう、目をウルウルさせてる感じ。


「反省したならいいわ。許してあげる。

…はいじゃあ次、ノボリ兄さん」

「はい…」

「クダリ兄さんの暴走を止めようとしてくれたのは分かるし、嬉しかったわ。…でも自分も乗せられて最終的に怒鳴り合っちゃうって、それってどうなの」

「返す言葉もございません…」


ノボリ兄さんに説教たれる日がくるとは思わなんだ…。
年下の女の説教でも真剣に受けるノボリ兄さんを私は心から尊敬する。
中々できるものじゃないよこれ。


「ノボリ兄さんは私に出てってほしいの?私は元の世界に帰りたがっているものだと決め付けてたけど。」

「!? いっいえ!そのようなことは…!?」

「…冗談よ。でも、さっきのノボリ兄さんの言葉を聞いてたら、そうなのかなって思っちゃったかもしれないわ。わたしはノボリ兄さんと同じようなタイプだから、兄さんの気持ちは分からなくないのだけれど…自分を殺しすぎちゃうのも考えものよね」

「…はい。そうで…ございますね」

「自分が優しさで以てした行動・言動が、得てしてそれがちゃんと優しさのままで相手に届くかは分からないわ。相手の身になって考えるばかりでなく、時には自分本位の気持ちに立ち返ってみないと。思いもよらないものが見えなくなっちゃってたりするから」

「はい」

「ノボリ兄さんも反省したわね。じゃあノボリ兄さんも許します。

…にしても。さっきの言い合いを聞くと、兄さん達って考え方が見事なまでに逆方向に両極端なのね。足して2で割れたら丁度良いのに」

「それよくおもう。ぼくとノボリって、似てるの見た目くらいだよね」

「…そうでございますね。あとは鉄道とバトルが趣味ということでしょうか」

「兄さん達は本当に二人で一つなのよねぇ…ま、主張はどちらの言い分も間違っては無かったと思います。
お互いにお互いの行き過ぎてるところを理解するよう、努力し合いましょう。」

「はーい」

「はい。」

「良いお返事です。じゃあこれにてお説教タイムを終わります。

……ねぇ、ちょっとそのまま…二人並んでソファに座り直してもらえないかしら」

「? このような感じでよろしいですか?」

「あ、もうちょっとくっついてもらえる?そう…うん、ありがと。ではちょっと失礼します」

「へ?…わ!」


隣り合って座る兄さん達の正面に立ち、二人の首元に腕を回し、二人同時に抱きつく。
本当はさっきからずっとこうしたかった。

この世界に来て初めてできた、私の兄さんたち。
あ、同じボディソープの匂い…家族である証。


「…さっきはありがとう。ノボリ兄さん、クダリ兄さん。…嬉しかったわ。
私も二人が大好きよ。優しい兄さん達が本当に大好き」

「…ナマエ」


嬉しくないわけない。大声での怒鳴り合いはちょっとやりすぎだけど、私を想う故の二人の気持ちは、本当に嬉しかった。

顔を上げずにそのままひっついていると、兄さん達はそれぞれちょっと体を内側に傾けてくれた。
…頭を撫でてくれてるのはノボリ兄さんの手。肩を抱いてくれてるのはクダリ兄さんの手だな。
お返しとばかりにぎゅうぎゅう抱き締めてやったら、「首が痛いよ〜」という明るい声が返ってきた。


「元の世界に帰りたいか帰りたくないか。…これね、自分でもよく分からないの。

元の世界の家族や友達には勿論会いたいわ。とても会いたい。…でも、兄さん達やポケモンの子達と…この世界の私の家族と別れて会えなくなってしまうのは、同じくらい怖い」

「…うん。」

「兄さん達が私を好きでいてくれる気持ちは本当に嬉しい。でもそれと同じくらい、元の世界のわたしがどうなっているのかを考えたとき、家族や友達を悲しませてしまっているんじゃないかと思うと、苦しいの」

「はい。」

「…ごめんなさい。わたしはどちらかを選ぶことは、できないわ。どちらか片方を決められるものじゃないの」


手の力を緩め、二人から体を離す。
すぐ後ろにはアイアントとデンチュラがいてくれていたから、しゃがんで今度はその子達を抱きしめる。
つるつるのアイアントとふわふわのデンチュラ。この子達も愛しい家族。


「前にカミツレさんに言われたの。『いつ起こるかもわからないことに怯えてしまったら何も出来なくなるわよ』って。ある程度長い目を持たなければ、何もできなくなっちゃうって。その通りだなって思った。

だから私はその時に決めたの。この世界で生きていく中で、『元の世界に戻るかもしれないっていう仮定で、行動を限定することはしない』って。」

「……」

「クダリ兄さん。」


アイアントとデンチュラを腕の中から開放し、クダリ兄さんと向き合う。あ、ちょっと怖い顔してる。


「だから、ね。行きましょ。明日、カナワへのピクニック。
そもそも、そんな電車に乗ったら戻るんじゃないかって憶測だって、本当に憶測でしかないんだから。もしかしたら観覧車に乗って戻っちゃうかもしれないじゃない」

「……」

「…クダリ。」

「…分かったよ」


ノボリ兄さんに促され、ようやくクダリ兄さんから了解の言葉が零れ落ちた。
その顔は本当に小さな子の様だ。


「ナマエが行きたいなら、いいよ。ここでぼくが反対したら一人で勝手に行っちゃいそうだし。それならぼくも一緒に行く」

「…あら、読まれているとは思わなかったわ」


その通り、ここでどうしても反対されるのであれば、兄さん達の仕事中に一人で行ってしまうつもりだった。


「なめないで。ぼく結構鋭いんだから」

「…そうでした。戦略が大事なダブルのマスターですものね」

「ナマエ。ぼくはナマエのことが好きだから、ナマエの意思を尊重することにする。今決めた。」

「あら、それはどうも。」

「でもね、それはナマエがぼくたちのところにいる場合だけ。もし元の世界に戻っちゃったときは、ぼく伝説のポケモンでもなんでも捕まえて、ナマエのこと絶対連れ戻すから。これももう今決めちゃった。」

「おおぅ…情熱的なのねクダリ兄さん」

「そう。ぼく案外熱い男なの」

「クダリは昔から…それこそ物でも人でも、気に入ったら最後、自分のものにしなければ我慢ならない性分なのです」

「ちょっと待ってなにそれ怖い。嫌なニオイしかしない」

「ノボリもナマエもぼくから離れちゃ駄目だからね?」

「う、ウワアアアア!クダリ兄さん人畜無害みたいな顔して完全に言ってる事ヤンデレだからねそれ!?」

「好きだから一緒にいたい。それだけだよ!」




ニコニコと天使のように笑うクダリ兄さんマジ怖い。

翌日のカナワへのピクニックは、私が電車で消えることも無く、事なきを得ましたが…正直自分が消えたらどうしようかと思った。なんかこう…『絶対連れ戻す(生死問わず)』みたいな…さ…。そんな気がするんだもん。

あ、なんか今頭に『ナマエ は にげられない!▽』みたいなテロップが流れた…。




どうやらわたしはとんでもない人の妹になってしまったようです。



…ちょっとだけ、元の世界に帰りたくなくなってきたかもしれない。




−−−−−−−−−−

…ピクニックピクニック言っといて行ってなくてサーセンした!m( )mピクニック行きたい!私が!
inカナワのネタがどうしても出なかったんです。
あ、あとギアステの設定は適当に考えた非公式のものですのであしからず…アニメだとガンガン特急とか走ってるんだっけか?サブマス回さえ通して見たことない。

この話は、当サイトにおけるサブマスのキャラを紹介するつもりで考えました。二人は正反対であれば正反対であるほどツボです。ゼクロムとレシラムじゃないですけど、元々1つだったものが分かれた感がね…そういえば色もまんまですね…。
口論シーンで二人の性格の違いを感じて頂けたらなぁとか思ったり思わなかったり。

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -