それは暇を持て余した、とある日の思い付きでした。



「…そうだ、お弁当を作ろう」











お弁当騒動









ノボリ兄さんとクダリ兄さんのところに住み込み、暫くの月日が経った今日、私はものすごく暇だった。
リビングやらなんやらの散らかっていた箇所も片付け終わった。家事に無駄な手間をして時間をロスすることもなくなり、作業を効率的に終わらせることができるようになってしまった。
これらはとても良いことなのだが、それによって私に何が起こったか?

…そう、時間がめちゃめちゃ出来たのである。

朝に手早く家事を済ませる、主婦の鑑のような行動を(今のところは)取っているわたしは、10時には暇になってしまうのだ。
兄さん達が帰ってくるのはだいたい21時で、それまでにやらねばならぬことと言えば、食材の買出しと夕飯の準備のみ。
自由な時間は、軽く9時間。

自由な時間があるなら好きにすればいいとお思いだろう。しかしなかなかこれが難しいのだ。
ああ、行動を制限されているという意味ではないですよ?雇い主もといノボリ兄さんからは、優しい言葉と契約の頭金と評した小金…まぁ所詮おこずかいを頂いております。
しかしそのおこずかいの使い道も、友人や知人がいなくては無いも同じで…平たく言えばぼっちで詰んだんです。うん。
なんとも悲しきかな、ノボリ兄さんがわたし用にと契約してくれた、この世界の携帯電話的存在であるライブキャスターたるもののアドレス欄は、全3件ですよ。3件。内訳は兄さんズとカミツレさん。それで3件。

ここしばらくというもの、わたしは必死に一人で暇潰しをしようとしましたさ。でもね、できたことといえば昼寝か、散策がてらの散歩か、図書館で本を読むことくらいだったんですよ。
そこまで読書家な訳でもないので、これだけで9時間もの膨大な時間は潰せません。

そんなこんなで今日も暇だ暇だと絶賛お腐りしていたわたしなのですが、ふと兄さん達にお弁当を作って届けることを思いついた訳です。
兄さん達のランチは専ら買い食いだと前聞きかじったし、ギアステーションに行く口実にもなる。これは名案だろうと。
というのも、私、ノボリ兄さんにバトルを見せてもらうって約束をまだ果たしてもらっていないのです。
まぁ私情で職場にお邪魔するのに気が引けてしまって、自分から行くの躊躇してただけなんですけどね。でもお弁当を届けに来たついでに見ていくならセーフかなって。

と、言うわけで。前置きが長くなりましたが、ギアステーションなう。です。
手にはちょっと大きいバスケット。中には沢山のバケットサンドとおかずの品々。
さぁ、いざ行かん!兄さん達のところへ!







現時刻は11:30。お弁当のお届けには丁度いい時間。


「前来た時は気付かなかったけど…改めて見るとトレーナーっぽい人ばっかだなぁ」


駅員さんを探してキョロキョロと周りを見回してみると、賑わうギアステーションにたむろしている人の殆どはトレーナーのようだった。兄さん達がボスを勤めるバトルサブウェイは、今日も人気上々。
案外女の子も多いし…おーおー、オシャレしちゃって。あんなヒールで揺れる電車でバトルなんてできんのかなぁ。

そんな事を考えてながら引き続き駅員さんを探してステーションをウロウロいると、不意に後ろから可愛い声がかかった。


「…あ、あのっ」


ん?
声のした方を振り向くと、そこにはオシャレした可愛い女の子が二人いた。…が、知らない人だ。
勘違いかと思い無視して通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。

…えっ、腕?


「あなたです!すいません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」


大胆にも腕を掴んでわたしを引き止めたのは、さっきの女の子たちだった。どうやらさっきの声はわたしにだったようだ。
わたしに道とかバトルサブウェイのこととか何か尋ねても多分答えられないだろうけど…と言う間もなく畳み掛けられた。


「お時間は取らせません。ちょっといいですか?」

「え、は、はい。なんでしょうか?」

「違ってたらごめんなさい。もしかして、ノボリさんとクダリさんのご家族の方ですか?」

「え?…あ、まぁ…はい。そうですが」


妹ということで家族させてもらってる他人ですが…。
肯定すると女の子達は顔を見合わせ、二人してぱあぁっと表情を明るくした。おう可愛い。この子達美人だわ。


「あの!お頼みしたいことがあるんです。このお弁当を、ノボリさんに渡していただきたいんです」

「わたしのはクダリさんに!」


二人が私に差し出したのは、手提げのお弁当袋だった。それぞれ黒基調と白基調で、まさにあの二人っぽい。
…しかしお弁当?もしかして…


「兄さん達の彼女さん…ですか?」

「…はい、そんな感じです」


私が問うと、二人ともちょっと顔を赤らめて、恥ずかしそうにはにかんだ。

…まじか!!
何さー!兄さん達ったら買い食いとかって言ってたくせに、実は彼女の手作り弁当なんてものを食べてたのか!?
仕事人間だし、そんな彼女がいる気配なんて全然見せなかったから、てっきり二人ともフリーなのかと思ってた。まさかこんな可愛い彼女がいるとは。確かにこちらから直接聞いたことは無かったけどさ…
なんだよもー、教えてくれればいいのに!無駄足踏んじゃったじゃないか。

…いやまぁわたしが勝手に暇潰しに作ってきただけだけども。そしてどうせ仕事中で電話も出れないだろうと連絡もしなかったのもわたしだけれども。
サプライズってことでいいか〜と気楽に考えてたけど、こんなことならちゃんと連絡するんだったかなぁ。


「今日は駅員さんが見当たらなくて。申し訳ないんですが、渡してもらってもいいですか?」

「あ!はい分かりました」

「ありがとうございます!じゃあ私たち失礼します」


兄さんの彼女さん達は、わたしにペコリとお辞儀をすると人混みに消えていった。

…さて、このバスケットどうしよう?
まぁ彼女さん達のお弁当を届ける為に中には通してもらわなきゃだし…乗務員室のみなさんとか食べてくれないかなぁ。
アレンジして夕食に持ち越すのはちょっと難しいしなぁ、これ。







「おー!ナマエさんやん。いらっしゃい。どないしたんや?」


適当な駅員さんを捕まえて、ある意味顔パスで乗務員室まで通してもらうと(妹です、って言えば全然知らない駅員さんも1mmも疑うことなく通してくれる)、クラウドさんが出迎えてくれた。
クダリ兄さんが飛び出て来ないあたりからして、兄さん達はいないようだ。


「お仕事中すいません。ちょっと兄さん達に届け物がありまして」

「ホンマか。今ちょっと席外してんなぁ。中で待つか?」

「あー……クラウドさんって、お昼もう食べました?」

「へ?…いんや、まだやけど?」

「食べるものってもう買いました?」

「いや、それもまだや」

「ホントですか!?なら、良かったらコレ食べていただけませんか?バケットサンドなんですけど」


バスケットのフタを持ち上げて中を見せると、クラウドさんの目が輝いた。
良い反応ありがとうございます!


「えっ!?なんやこれめっちゃうまそう!もらってええんか?」

「はい!兄さん達にと思って作ったんですけど、諸事情で行き場が無くなっちゃって。食べてくださる方を探してたんです。結構な量作っちゃったので、宜しければ他の鉄道員のみなさんにも」


ついでにわたしも一緒に食べようと思って、適当に沢山作っちゃったんだよね。


「ホンマか!うわーナマエさん料理上手なんやなぁ〜他の奴らも喜ぶわ。」

「ありがとうございます〜食べていただけるのならお邪魔させてもらいます」

「そうしてってや〜!おーいお前ら!ナマエさん来たで!」

「聞コエテルヨー。コンニチワ、ナマエサン。オレモサンドイッチ欲シイナ〜?」

「こんにちはキャメロンさん。是非食べてください。処理に困っちゃってたところなんです」

「ぼくも頂いていいかい?」

「わ!」


背後から両肩に優しく手が置かれたと思ったら、耳元で声がした。
びっくりして肩口を見ると、トトメスさんがにこっと笑った。ひゃー、色男だ。


「あ…と、トトメスさん!勿論です。ジャッキーさんも。宜しければ」

「…ありがとうございます」


今日クラウドさん以外で乗務員室にいたのは、キャメロンさん、トトメスさん、ジャッキーさんだった。
4人分じゃちょっと足りないかな。大丈夫かな。


「にしてもナマエさん、ナイスタイミングだよ」

「え?何でですか?」

「モウスグ、スーパーマルチノ49戦目ナンダ〜!コノモニタデボス達ノマジバトル見ラレルヨ!」

「あ!そうなんですか!?」


それはナイスタイミングだ!彼女さんの衝撃で忘れかけてたけど、わたしバトルを見たいんだった!


「今勝ち進んでる挑戦者はスーパートレインの常連でな、ボスらとのバトルでも勝率5割のつわものなんや。ボスんとこまで辿りつくのは間違いないで。んで、俺らはそのバトル見ながら昼休憩取ろかーって言ってたとこ。あ、その椅子使ってかまへんから座ってや」

「あ、ありがとうございます。お借りします」

「んーで…じゃあこのデスクにサンドイッチ置いてもらってって感じにしよか」

「分かりました。もう広げちゃってよろしいですか?」

「イイヨー。オ腹減ッタナ〜」

「ふふふ、急いで準備しますね」


水辺を借りて手を洗い、持ってきた紙皿に具別でバケットサンドを広げる。おかず類も同様。
まさか来て早々兄さん達のバトルが見られるなんて。なんだかウキウキしちゃうな。


「お〜ホンマにうまそーやなぁ。タコさんウィンナーもあるやないか」

「あは。定番かなって思いまして。…よし。オッケーです。大したものではありませんが、召し上がってください。」

「んじゃありがたく、いただきますわ」

「イッタダッキマース」

「いただきます」

「すいません、いただきます」

「はい。どうぞ」


皆さんそれぞれ好みのバケットに手を伸ばし、賞賛の声をいただきました。ありがたいことだな〜。
兄さん達にも食べてほしかったけど、まぁ仕方ない。また今度作ろう。


「あ、挑戦者が6両目だね。そろそろだ」

「手持ちは変わってるのかい?」

「ン〜ン、コノ間ト変ワッテナカッタ。持チ物や技構成ハ分カラナイケド」

「ええ個体やし振りも面白かったからな。しばらくは変えないやろ。この間はまだ戦法が安定せぇへんかって、ボス達の圧勝やったからな。今日は前回の結果踏まえて調整してきてるやろし、ええ勝負してくれるんちゃう?」

「…ナマエさんは、ボスのバトルを見るのは初めてなんですか?」


ワクワクしてモニタを見つめていると、ジャッキーさんが話しかけてきてくれた。


「あ、はい。そうなんです。だからすごく楽しみで」

「バトル形式などは分かりますか?宜しければ簡単に説明しますが」

「あ、本当ですか?それはとってもありがたいです。私、トレーナーじゃないので…タブルとかマルチとか、そのあたりもの違いさえよく分からない始末で」


一応、初代はポケモンやってるんだけどね。でもそのころはバトルも1対1の形式しか無かったから、この世界での多種多様なバトルシステムは正直言ってちんぷんかんぷんだ。
なんか今って3対3とかもあるらしいよね?すごいね?


「じゃあ時間も無いので手短に。このマルチバトルは、トレーナー二人がパートナーとなり、お互いにフィールドに1体ずつポケモンを出し戦う形式のバトルです。フィールドは2対2となり、そこはダブルバトルと同様になります。」

「へぇ…じゃあ指示を出す人が1体1体バラバラなんですね。コンビネーションとか大事ですよね?一人で2体に指示を出すより難しそう」

「はい。トレーナー同士の相性も大きくに勝敗に関係してくるバトルです。出せるポケモンは1人につき2体、1人が2体ともダウンした場合は、もう一人が2体とも動ける場合でも2対1で戦わなくてはなりません」

「うわ、厳しいですねそれって」

「はい。ですが面白いですよ。ボス達のコンビネーションは抜群ですから、二人が一人のように錯覚するかもしれません。…あ、来ましたね」


モニタを見ると、兄さん達と挑戦者と見られる子達が対峙しているところだった。ノボリ兄さんが何か喋ってるみたいだ。
挑戦者の子達は帽子を被った男の子と女の子。思ったより若くてちょっと驚いた。身長は兄さん達より随分低くて、歳はせいぜい10代半ばといったところじゃないだろうか。
スーパーマルチって、スーパートレインな訳だから、ものすごくものすごく勝ち抜くのが難しいトレインだよね?こんな若い子でもすごく強いんだなぁ…


「さぁ、はじまるで。」


4人が一斉にモンスターボールを投げると、クラウドさん達もサンドイッチを食べる手を止め、食い入るようにモニタを見つめた。…皆さんもバトル業務を行ってるって言ってたもんね。ボスである兄さん達のバトルは、何よりの勉強なんだろうな。

バトルは、なんというか、とにかくすごかった。正直、それ以上のことは分からなかった。
私はこの世界のポケモンを殆ど知らないし、タイプ相性も曖昧にしか覚えてない。技も半分以上知らないものだから、そこで繰り広げられているのであろう戦略と戦略のぶつかり合いみたいなものはからっきし感じ取れなかった。鉄道員の方々は何やら熱く「うおー!ここで○○かー!」とか言ってたんだけど。

ああでも…兄さん達がお互いに一度も目を合わせることさえせずどんどんポケモン達に指示を与えているのに、それが全てキッチリ計算されているようで、ポケモン達が流れるように戦っていたのは印象的だった。
ドリュウズ、シビルドン、オノノクス、アーケオス。
兄さん達のことが大好きで、家では専ら甘えん坊のあの子たちが、まるで別の子のようだった。
好戦的な目をして、相手のポケモン達を翻弄して。ものすごく輝いていて。
この子達はバトルの為に生きている子たちなんだと思った。

結果は、ものすごい接戦の末、あと一歩のところで兄さん達の負け。ちょっと残念。
でも二人はバトル後、とても晴れやかな顔をして挑戦者の子達を称えているようだった。もちろん悔しそうでもあるけれど。
いいなぁーこういうの。


「負けちゃいましたねぇ、兄さん達」

「ああ。でもとても素晴らしいバトルだった」

「はい。技術はてんで分かりませんが、わたしもそれだけは分かりました」

「あー、何度見てもスーパーマルチは手に汗握ってまうわ」

「ン〜、イイナァ〜。オレモ頑張ラナキャナァー」

「…あ。そろそろ昼休憩上がらないと。クラウド、次のスーパーダブル、君乗車じゃなかった?」

「あ、せやせや。わし5周目乗車や。ちょい待ちあと一つだけ食う」

「まぁ間に合うならいいけど…ナマエさん、ごちそうさまでした。美味しかったです」

「お口に合ったなら良かったです。こちらこそお粗末さまでした」

「お先に失礼します」

「はい。バトルの説明、どうもありがとうございました」


ドア前でペコリとお辞儀をし、ジャッキーさんが乗務員室を出て行った。




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