Épelons chance | ナノ
75.亡く無く言葉は届かない
「もう、これしか方法がねぇんだ!ほかの解決法もないくせに勝手なこと言うんじゃねぇよ!」
「だったら……だったら俺が!俺が代わりに消える!」
礼拝堂前のホールまで二人が走ると、セフィロトから戻ってきたアッシュとルークが対峙していた。屈んだルークへ抜刀したアッシュはむき身の剣を向けている。周囲には仲間たちと神託の盾兵が躊躇して囲み、二人のやり取りに手を出せずにいるようだ。
「ルーク!?」
駆けつけた途端のとんでもない言い争いに目を見張る。うろたえるアニスに経緯を聞こうと近づいた瞬間、アッシュが震えながら剣を握る腕に力を込めた。
「代わりに消えるだと……!?ふざけるな!!」
大きく吠えると、剣をルークめがけて振り下ろした。即座に腰から剣を抜いて斬撃を受け止めたルークに、アッシュは加減など微塵もなく力を込める。二つの剣はチリチリと火花を散らしたかと思えば、交差した場所に小さく振動が生まれ、それは徐々に光として溢れ始めた。
「やめなさい!消すのはダアトの街ではない。障気です!」
ジェイドが叫ぶと同時に両者互いに後ろへ飛び、距離をとった。
「フン……。いいか、俺はお前に存在を食われたんだ!だから、俺がやる」
不愉快そうに剣を収めたアッシュはルークを睨んで、法衣を翻した。ナタリアが「アッシュ!」と彼を止める。
「本当にほかの方法はありませんの?わたくしは……わたくしたちはあなたに生きていて欲しいのです!お願いですからやめてください!」
「俺だって、死にたいわけじゃねぇ。……死ぬしかないんだよ」
そう残すと、ナタリアの「待って!」という声など聴こえぬものとしてそのまま教会を去っていく。なびく黒衣を目に、同じ焔を持った彼は我を失ったようにただ焦り、「駄目だ!」と剣を腰へ戻した。
「あいつを失う訳にはいかない!」
「ルーク!」
鈍い音が鳴ったと同時に、走り出そうとしたルークの身体は飛んで背中から床へ倒れ込んだ。
じわじわと滲み出る熱さと痛みにようやく殴られたことを理解したルークは、左頬を抑えて呻きながら上体を起こす。そこには、拳を握ったガイが目の前で彼を睨んでいた。
「……死ねば、殴られる感触も味わえない」
握りしめた拳を大きく振って、ルークに向けて怒鳴りつけた。
「いい加減に馬鹿なことを考えるのはやめろ!」
「……ガイ」
感情は怒りに支配されているはずなのに、ルークにはその顔がまるで泣いているように見えた。親友が、ずっと一緒にいた親友のこんな表情を見るのは、生まれて初めてだった。いつでも傍に居て、どんなときでも共にいた彼が今、心の底から泣いている。
「…………ごめん」
熱く、滲み続ける痛みに涙が出そうになりながら、ルークは立ち上がり、ガイに向き合った。
「もう、決めたんだ。怖いけど……だけど……決めたんだ」
「ルーク……」
毅然とした言葉に、仲間たちは皆悲痛に顔を歪めた。
こんな答えは望まなかった。
誰もこんな解決は、誰一人としてこんな展開は許していないのに。
「みんな……ごめん……」
彼が一言、嫌だと言えばきっと変わる。ここから逃げ出して姿をくらまそうが、きっと探されることもないだろう。だがそれでは結局、もう一人の彼が犠牲になる。
何かを得る為に何かを犠牲にしなければならない、そんな言葉が繰り返されてきた。なぜ対価は同等なのだろう。
「……ごめん…………」
世界中の命より、一人の命を天秤に乗せた時、刻は動き出す。
譲れない生死の争いが引き金を引いて、彼は死を、決意した。
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