Épelons chance | ナノ



74.変遷に咲いた蝶




寸分の刻が、まるで亜空間のような静けさを生んだ。


しかし、どれだけ待とうと、彼の身体に痛みが訪れることはなかった。

ディストが恐る恐る瞳を薄く開けると、目の前の少女は拳を緩く握って力なく止まり、悲痛そうに眼を細めながら俯いている。
やや唖然としながら彼が白い腕を伸ばして彼女の名前を呼ぼうとすると、彼女は力の抜けた右手を彼の胸にコツンとぶつけた。


「……どんなに足掻いても、みんなに追いつけなかったの」


彼女が物心ついた時から、行動を共にする面子はもう決まっていた。託護院で独りだった少女には外の友人しかできず、それがピオニー、ジェイド、ネフリー、サフィールの四人だった。それが寂しいことだと思ったことはない。毎日を楽しく過ごせていたのは彼らのおかげだとも思っている。

だが、友人と呼ぶにはあまりにも歳が離れすぎていた。
どんなに仲を深めたところで縮まらないその差に、今でも胸が焦がれることがある。それでなくとも幼少期は敏感で、彼らの間に入ろうと必死だった。彼らは彼女に出会うずっと以前から知り合っていて、自分の知らない互いをたくさん知っている。それを羨ましいと思ったことがないと言えば嘘になる。

「わたしはそこに、いないのに……!」

それなのに彼は、サフィールは、いつまで経っても同じ名前を、自分の知らぬ名前を紡ぎ続ける。その人の為に、自分を実験対象にするとまで言って。
悔しいのか悲しいのかわからない涙が溢れそうになった。やっと過去など考えずに友としていられる、その心を手に入れたと思っていたのに。

「わたしと過ごした時間は、あなたにとってはただの今に至る過程でしかないの?それとも、過程ですら心に留まることもできないの?」
「そ、そんなことは……」
「あなたがネビリムさんを復活させたら、きっとわたしは消えてしまう。……わたしは……」

ディストの胸に当てた拳はゆっくりと彼の法衣を掴み、握りしめる。
怖いのは、ネビリムの復活による周囲の変貌だけではない。それにより訪れる、自分の居場所の消滅だ。
緩く握られた手を目にして、ディストの表情にも戸惑いが表れる。そんな彼の表情に気が付いているのかいないのか、ジェイドはポケットに手を突っ込んだまま近づき、六神将としての彼の名を呼んだ。

「あなたが過去を掘り返せば掘り返すほど、わたしたちとミカルが共に歩んできた時間をすべて否定していることになります。今の彼女の声が聞こえないようなら、もう顔を合わせることもないでしょう」
「……」
「ルーク、ガイ、退きなさい!」

そう叫ぶと、ディストからミカルを引き剥がして手をかざした。同時に周囲が光に包まれる。
彼が引き攣れた音機関ロボットも共に、まるで檻のように光が彼らを拘束する。


「――旋律の戒めよ 死霊使いの名のもとに具現せよ」
「……ジェイド!わたしは――」

普段とは違う目つきは、懇願するように見上げたディストの声を裂くように深く突き刺さった。
光の熱に圧迫されて動けなくなったディストは、苦しげな表情で自身を見つめるミカルを見下げて何を思うのか。


「ミスティック・ケージ!」


直後、凝縮された音素は大爆発を起こした。成すすべなく直撃を受けたディストは、譜業と共に空の彼方へ飛んでいく。その威力は凄まじく、雲を突き抜けてもなお重力に呑まれることなく豆粒となり空に消えた。

白煙を巻き上げて風が空に吸い込まれていく。青い軍服に肩を抱かれたまま、少女は消えた東の空を脱力した様子で見上げる。
自分の声は届いただろうか、ただそれだけを胸に抱きしめて。見上げた長髪は眼鏡の向こうで一度だけ頷いて、ゆっくりと手を離した。離れていく彼の背中を見て、また少女は俯く。




「……ディストもきっと、気が付くよ」

ふとそう囁かれて、同時に影が出来る。
振り返るとルークが困ったような表情で笑っていた。

「ネフリーさんは、ジェイドは変わったって言ってたんだ。だからきっとディストも……」

ルークの視線の先に、大きな背中が直立する。追って見つめると、ルークは「大丈夫」と落ち着いた声で言った。
その言葉が何を意味しているのかは少女にはわからなかったが、じんわりと溶けていく声色に息が漏れだした。

違えることはしたくない。
友人同士が対立するのは――もう、見たくない。

ミカルは一言、ルークへありがとうと告げると、少しだけ軽くなった腕を負傷したレプリカたちへ向けた。

■skit:愛されジェイド
■skit:イノシシ娘 


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