Épelons chance | ナノ



74.変遷に咲いた蝶


上空の異変をすぐさま感じ取ったジェイドは広範囲の譜術壁を張った。
高らかな笑い声と共に降り注ぐ光弾に、譜術壁に入りきらなかったレプリカたちはその場へ倒れ、呻き声もなく音素化していく。衝撃で小刻みに揺れるリフトの上に、倒れるレプリカなど見向きもせずに細い足が降り立った。

「ディスト!」
「モースは永遠に迎えになど来ませんよ!エルドラントの対空迎撃装置が起動すれば、塔ごと消し炭にされるだけです!」

そう椅子の上で手を掲げると、頭上に浮かぶ球体のボディを持った音機関ロボットが動き出す。射撃口をこちらとは別の方向へ向け、レプリカたちを無差別に撃ち始めた。
即座に走った仲間たちはジェイドの譜術壁から抜け、ティアやミカルは狙われるレプリカたちの前で譜術壁を展開し、ルークとガイは剣で弾丸を弾き飛ばす。

「やめて、サフィール!」

弾の爆発で体を揺さぶられながら、レプリカを背にミカルが叫んだ。しかし、その光景を楽しむかのように彼は厭らしく笑う。

「そうはいきませんよ。ここの邪魔なレプリカ共を始末しないと、ネビリム先生復活の作戦に着手できませんからねぇ」

つり上がった口角から紡がれる声に、ミカルとルークは顔色を変える。ジェイドは溜息を大きく吐き出して、ディストを睨むように目をやった。

「……監獄から逃げ出したと思えば、まだそんな愚かなことを。もう諦めなさい!」
「そうはいきません!ネビリム先生を甦らせれば、あなたも昔のあなたに戻るでしょう。先生と共にもう一度あの時代を……!」

ガンッ!っと金属音と共にロボットがリフトへ着地した。弾幕が切れた刹那、その隙を逃さぬようにルークとガイは走り込む。
球状の胴体は銃砲を腕の中にしまい込むと、代わって突き出したドリルが高速に回りだしてチリチリと空気を振動させた。剣を振りかぶったルークを狙って幾度もその腕を突き刺される。彼は後方へ飛んで交わしたが、リフトの表面が削れて金属の板がえぐり取られた。


「サフィール、お願い、やめて!」

耐えきれぬミカルは譜術壁を消して、今にも泣き出しそうな声で叫んだ。

「これ以上ジェイドを……、自分を苦しめるのをやめて!」
「苦しめる……?」
「時は刻まれた分だけ世界を変えて、人も変わる。今のあなたは過去に縛られて、今を見ようとしていないだけじゃない!」

罪を償おうと、罪を刻んだまま生きようとするジェイドの傷を、延々と抉り続ける彼の言葉、思考。改めるべき道から、逸れた道へ戻ろうと懸命に服の裾を引っ張り続けている。そんな彼もまた、過去の『ジェイド』に縛られたまま動くことが出来ず、認められない、拒絶され続ける今に心を苦しめ続けているはずなのに。“昔の”ジェイドを求め続けても、何があろうと今の彼が変わるわけがないのに、それにすら気づくことができない。そこまで執着――妄執させてしまった過去が、どんなものだったのか、ミカルは知らない。

「あなたはケテルブルクでわたしとの思い出を話してくれました。過去を懐かしむことができるのに、どうして今の世界を受け止めてくれないの?」
「受け止めています。ですから、あるべき姿に戻る為、ネビリム先生の復活が必要なのです」
「あるべき姿なんてあなたが決めるものじゃない!サフィール、あなたが言っているのは救いではない。押し付けよ!」

直後、ミカルの目の前に流れ弾が飛んだ。
しかし彼女は身構えず、ディストから視線を外すことなく動かない。


 クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ズェ


高く美しい旋律が空間に響き渡る。
足元に淡く青い光が線を描くと、ミカルとその周囲に群がったレプリカたちを半球型のシールドが包み込んだ。障壁で弾丸が破裂して爆炎と共に煙をあげる。

「昔のジェイドを知らないあなたには関係のないことです!」
「――ッ!」

大きく焚き付けられた言葉に、ミカルは思わず、息を止めた。
知らない。自分が出会う前の人間のことなど知るはずもない。それを指摘されたところで彼女にはどうしようもなかった。だがそれ以前に、彼の口から一番聞きたくなかった言葉に、漆黒の瞳は悲憤に嘆いた。

「……係ないはず……じゃない……」
「ミカル、一歩下がって!その位置だと爆風に巻き込まれるわ!」
「関係ないはずないじゃない!サフィール。あなた、いい加減にしなさいよ!」


爆発したようにいきり立ったミカルは、大声を上げて激しい剣幕で怒鳴りつけた。今までにない声の張り上げ方に、仲間たちは皆、目を見張らせる。普段は感情を大きく露わにしない少女の稀に見る動向。その中でも一番に驚き表情を引き攣らせたのは、怒鳴られた張本人のディストのようで。少女は熱に高ぶってティアの言葉など聴こえていないのか、譜歌の防御壁から抜け歩き出した。

「ミカル!大佐、ミカルを止めてください!」
「残念ですが、ああなると止まりません。仕方ない。ティア、レプリカたちを頼みますよ」

言うなりジェイドは譜術壁を消し、足元に譜陣を浮かび上がらせた。後方の戦闘で弾かれる流弾をミカルから逸らすように譜術を展開し、彼女の足が止まらぬよう援護する。それでも少女の瞳は怒気に満ちていて、寸分たりともディストから逸れることはなかった。


「人には人の人生があるわ。だからわたしはどんなに逸れていたとしてもそれに口を出すつもりはないし、あなたがその道を往こうとするのならば止めるべきではない」

カツ、と踵が鳴って、椅子に腰掛けるディストの目の前に足を止めた。
静かに語られる口元は普段の柔らかさを微塵も持っておらず、時折力んでカタカタと揺れる。

「だけど関わりを持ったのなら、その考えは非情に変わる。知り合いが道を違えようとしているのならば引き留める、それは自然な感情の変化よ」

見知らぬ人間が往来を歩いているのに『行くな』と言う人はいるだろうか。逆に親しみを持った者に対して、自分の手が届く範囲でそれを無視するのであれば、その行為はあまりにも愛がない。ほんの少しの交わりを持つことで、同じ動作はこんなにも意味を変えてしまう。
彼女が何よりも言われて反応したのは、たった一つの言葉だった。

「関係ないはずないでしょう!あなたはわたしの大切な人で、ジェイドだってわたしの友人よ!関係ないのは、今や昔という言葉の方じゃない!」
「、ミカル……」
「ネビリムネビリムって、あなたはその時代から時が経っていないつもりでいるの!?ふざけないで!」

空を切るように、ミカルは右腕を揚げる。シュッと音が鳴ると同時にディストは衝撃を覚悟して目を瞑った。

 


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