Épelons chance | ナノ



71.アリアは歌い、眠る






預言会議の為にユリアシティへ。
一同は次なる目的地へ翼を広げて飛び立った。

チーグルの森を抜ける間、誰よりも明るく振る舞うアニスに皆の目は止められて、無理をしているのがわかるだけに複雑な心情になった。アリエッタを倒したことでできた憂いとは別に、そのことで傷ついた自分を見せて皆が暗くなるのを避けているのだろう。健気な少女だ。


ユリアシティまでの空路、各々時間を潰して機内をうろつく。
ミカルも操縦室から抜け出して甲板へ向かっていると、ゲストルームに人影を見つけて思わず足を止めた。



「……」

整列した椅子の一番後ろで、窓枠に肘をもたれかけるアニスは外の様子をじっと眺めていた。右手で首から下げた譜石の欠片を握りしめて、呼吸をしているかもわからないくらいに無音で、置物のように動かないでいる。ミカルが彼女の隣の席へ声もなく着席すると、少女はようやくこちらに気が付き少し驚いた様子でミカルの名前を呼んだ。

「何が見えるの?」
「……うーん。ルグニカ平野のはずなんだけど。やっぱり障気が濃くなってるからよく見えないや」

両手を後頭部へ回して、アニスはつまらなそうに口を尖らせた。

「そういえば以前、ちょうどこの付近の飛行中に甲板から落ちそうになった人がいたわ」
「あはは、聞いた聞いたそれ。ルークでしょ〜」
「ふふ。グミを落としたんですって。ティアに手厳しく叱られていたわね」

ティアは手加減を知らないもんね、と苦く笑う。あの時のルークの縮こまった姿勢を思い出しては笑みがこぼれた。

「ミカルは行かないの?甲板」
「どうして?」
「ガイが待ってそうじゃん。あれからだいぶ親密になっているのではないですか、おひめさまぁ♪」

ニヤニヤと口元を緩く綻ばせるアニスに、困ったように眉根を寄せて「し、親密って……」と引き攣った。思い返してみれば確かに、空き時間にガイと話していることも多いし同じ行動をしていることも多いしで、傍から見ればわかりやすく変わっているのかとも思う。

「仮に待っていたとしても今は行かないわ。風に当たりたい気分ではないし」
「うわー不憫。ガイってば不幸体質〜!」

カラカラと面白そうに笑うアニスに釣られて微笑み、目を細めた。部屋の扉へ目線を変えて首を上げれば、この部屋がどれだけ大きいかを熟知する。

「いいの。今はここに居たいの」

二人だけでは広すぎる場所。
イオンはよくここでルークやティアと話し、アニスはよくそれに、呆れたように横から会話に参加していた。自由奔放なイオンを探しては、この部屋に落ち着いて二人で寝息をたてていたこともあった。ここは、アルビオールの中でも一番イオンの名残が強い場所ではないだろうか。
部屋の中を見ながら緩く微笑んだミカルの顔を目の当たりにしてアニスもようやく彼女の真意に気が付いたようで、膝の上で握った小さな手に目を伏せ口元を噤んだ。



「……ねえミカル」

ふ と、頭を下げたまま口を開かれる。先ほどよりもだいぶと落ちた声調に、隣で俯く横顔に目をやった。

「わたし……間違ってなかったかな。わたしの判断、あってたかな」

ぽつり、小さく転がり落ちた言葉は、決壊するように彼女の心から飛び出した。

「ちゃんと考えて決めたことなのに、他の方法がなかったのかとか、もっといい解決策があったんじゃないかってずっと頭を回ってるの。ずっと……」
「アニス……」
「ずっと……アリエッタの顔が離れなくて、わたし、後悔しそうで、怖くて」

カタカタと震える肩に力を入れて、懸命に拳が揺れるのを止めようとしている。
どんなに自分で決めたこととはいえ、心内を見ることのできた知り合いを殺めてしまったのはその拳。その小さな小さな手に重たい魂を握りしめて、それでもそれを悟られない様に必死で笑い続ける彼女の覚悟。心で決めていたって、彼女が軍人だからって、想い苦しまぬはずがない。決意を固めた時も悩んでいた時も一人で全てを握りしめていたアニス。ミカルは、やっと吐き出してくれた、今にも崩れそうな横顔を包み込むように抱いて、ゆっくりと頭を撫でた。

「大丈夫よ。アリエッタのことを考えて、悩んで、彼女の為に決めた答えが間違ってるわけないじゃない」
「…うん……」
「怖いのも悩むのも当たり前だわ。だけど……全て自分の責任だなんて思わないで。わたしも、みんなもいる」

手を放して「ね?」と首を傾けると、潤みを帯びた瞳がミカルへ向いた。ミカルはずっと、微笑み続けている。穏やかな笑顔を受け止めたアニスが小さく震えながら「ごめんね」と呟くと、その言葉の意味がわからぬミカルは目を丸くした。

「ミカルがアリエッタのこと、大切にしてたのはわかってた。アリエッタがミカルのことを大好きなのも知ってたよ。だから、本当はこんな風にするべきじゃなかったっていうのも、わかってたの」

ごめんなさい、と小さく告げる口が再び俯き始める。


「でも…だけど……、それなのに…………一緒に戦ってくれて、ありがとう」


ぽつ、ぽつ、と雨が降り始め、アニスの服に染みを作った。

ありがとう、という言葉。
これを聞いて、ミカルの中でもようやくアリエッタの生が終わったことを理解した。

ミカルは目頭が熱くなるのを抑えて口を噤み、息を吐きながら一度笑って、再び震える少女の頭を抱く。

敵対したアニスと共に戦ったミカルの姿は、アリエッタの瞳に一体どのように映っていたのだろうか。兄弟の命を奪ったあの瞬間、彼女はどういう気持ちでミカルのことを見ていただろうか。彼女はどんな気持ちで、どんな心情で目を閉じたんだろう。
自分が選んだ道が正しかったのかどうなのか、わからなくなるのはアニスだけじゃない。悩みも恐怖も憂いも不安も、募り始めれば永遠だ。

それでも、この道でアニスの心の重みを一片でも共に背負うことがが出来ているのであれば。


「……当り前よ。仲間なんだから」


一概に、間違いではなかったと胸を張って良いのではないだろうか。


 次話へ
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