Épelons chance | ナノ



71.アリアは歌い、眠る




駆けまわるライガがルークへ真正面から突進し、牙を向けて襲い掛かる。

「くっ…、なめんな!」

剣で牙を受け止めて、空いた喉元に手を打ち付ける。衝撃と同時に紅く凝縮された音素が炸裂すると、ライガの巨体はたちまち後ろへ吹き飛んだ。

「ルーク!後ろ!」

自身の衝撃波に隙ができたその脇に、上空からフレスベルグが翼を羽ばたかせて鋭い羽根を雨のように降らせた。アニスがルークの背後へ身体をすべり込ませると、咄嗟に盾になったトクナガの身体に羽根がいくつも突き刺さる。羽根とはいえそれはまるでナイフのように鋭く、弾ききれなかったこぼれ弾がぬいぐるみの生地を引き裂いた。

「サンキュー、アニス、助かっ……」
「ネガティブゲイト!」

か細い声が張り上げられたと同時、彼らの目の前に空間のひずみが現れる。亀裂を生んで一気にそのひずみは大きくなると、暗闇の空間が広がり彼らの身体を切り裂いた。

「……」

歪みが収縮していくのを見て、術者であるアリエッタの眉間が寄る。霧散する音素の内側に譜術壁を張ったミカルの腕が見えて、その皺は余計に濃くなった。

「二人とも大丈夫?」
「全然平気。まだまだこれから!」



地を駆けるライガは足が速く、フレスベルグは空を縦横無尽に飛び回るため狙いが定めにくくて攻め込みに欠ける。微動だにせず譜術を打つアリエッタへ仕掛けようにも、俊敏な魔物たちに遮られて懐へ向かうことができず防御に徹するばかりだ。兄弟と言うだけあってチームワークに隙がない。隙を補い合う戦い方をしてくるのが難点だ。

「くそ…、バラけさせられれば…」
「……そうね。相手は魔物………なら、嗅覚をどうにかしないと…」

構えなおした三人は目配せして小さな声で会話する。ぼそぼそと動く口元が閉められると、アニスは誰もいない後方へ走り出した。ミカルは半円を足で描くと、草を掻き揚げて足元に譜陣を浮かび上がらせる。

「アニス!逃げるの!」

背を見せて走り出したアニスの姿に、猛ったアリエッタが声を投げつける。それを合図にライガがアニスへ向かって駆け出すが、ルークが目の前に出て足を止めさせた。鋭い爪を剣で受け止めて押し退けると、瞬時に後方へステップ、振りかぶった剣先で上空から大地を叩き上げる。抉った土が大小の砂土を飛ばしてライガの視界をつぶした。唸り声をあげて後ろへ下がったライガと交代でフレスベルグが急降下してくるが、妙な空気を悟って魔物はルークに向かうのを急停止した。

攻防で千切れた草の葉が大地からふわりと浮かび上がり、何もない上空へ吸い込まれるように踊っていく。先ほどまでなかったはずの風が、否、こんなに奥深くの森の中、木々に囲まれたこの場所で急風が起こるなんてあり得ない。


「空間を掌握せし風雲の精よ。我が呼びかけに応えて まなこ となれ――」


風の中に響く声に気付いてアリエッタが目を向けると、ミカルの足元に浮かび上がる譜陣から気流が発生している。ハッとしたのも束の間、彼女の足元が強く光り輝くのと同時に、周囲の木々が風を受けて一斉にざわめきだした。皆の立ち回る空間に暴風が吹きすさび、髪が、装束が、バタバタと音を上げて踊る。妙な雰囲気に飲まれながらも譜術とは違うその感覚、逃げ出そうと走り続けるアニスへ向けてアリエッタが詠唱を始めようとした――その次の瞬間。

「……え、な、なにこれ…っ」

暴風に煽られて木の葉の嵐が視界を埋め尽くした。瞬く間にアニスたちの姿を見失ったアリエッタの周囲から音素が霧散する。戸惑う少女は左右に首を動かして辺りを見回すも、その視界は晴れることなく変わらない。

「ガァァア!!」
「!!」

走り回っていたであろうライガの呻き声が聞こえて目を見開いた。止まぬ風の向こう側、叫び声が聞こえた方角へ顔を向けて愕然とする。真っ赤な飛沫が木の葉の隙間から垣間見え、それが自分の弟のものだと瞬時に悟った。

「………許さない……!!」

 


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