Épelons chance | ナノ



68.煩憂を、誰が為に







「しかし困りましたね」
「新生ローレライ教団、ですよね」


宿の大広間で椅子に座る一同。円を描いた机に向かって悩ましい表情を落とすのは、屋内がやけに静まり返っていることも関係している。
結局、シンクへついて行った人々の人数といったら数え切れない程。宿の主人も、泊まる予定だった旅人たちも急に出て行ってしまったと頭を抱えていた。それほどまでに、掲げられた内容が人を惹きつけたということだ。

「あちらは預言を詠むと言っています。人々がどちらを頼るのかといえば……」

ティーカップを両手で包み込んで、ティアが言った。“麻薬”を駆使してきた結果だ。信じるも信じないもない。人々は預言に頼り、預言を与えてくれる方へ逃げ、預言をどこまでも求め続けている。ローレライ教団が、イオンが決めたことでも、その内々は民衆の心には届かないのだと知る。

「政治が預言に頼ってきた報いです」
「そんなことは!」

ずれた眼鏡を正しながら言ったジェイドに反抗するようにナタリアが立ち上がった。だが、腰が椅子を離れた直後、彼女の顔はゆるゆると俯く。そう思いたくはない為政者のあり方。どう説明づけても預言を立てて物事を運んできたことに変わりはない。ナタリアは弱々しく「……そうかもしれませんわね…」と呟くと、ゆっくりと再び椅子に腰掛けた。


「そういや奴ら、モースが導師だと言っていたな」

一人、机を囲まずに柱に立ったまま寄りかかるガイが口を開く。

「モースは預言にこだわってたからわかるけど、六神将は……」
「ええ。理想が真っ向から対立している。モースは利用されているだけなのかもしれないわ……」

尚もカップの紅茶を見続けて、ティアは囁く。うーん、とアニスが一度椅子に座り直して、「だけどなんの為に?」と首を傾げるが、ティアは言葉を返さなかった。

「ローレライ教団の兵力を削ぎとり、ヴァン不在の間の推進力と隠れ蓑にする……。まあそんなところでしょう」
「馬鹿な奴だぜ。利用されてるだけなのに、預言の為にあんな化け物にまでなって」

はあ、と溜息が木霊した。
それでも、人々はその預言を求めている。化け物になってまで預言にこだわり続けるモースを見て、人々はなんと言うだろうか。化け物と罵るのか、それとも人類の救世主と称賛するのか。
音素灯がチカチカと明かりを途切れさせながら部屋を照らしている。暗くなるたび、月の光りが窓から伸びて床を染めた。

「モース様……人類の繁栄をあれほど祈っておられたのに……」

カップに映った明かりをジッと見つめて呟いた小さな小さな敬意の念を、ミカルの耳は逃さなかった。彼にも彼の理想があって動いている、そんなことなどとうにわかっていることなのに、預言が絡むだけでこんなにも胸を突く。化け物と称されたその姿も、思い出すだけで目を伏せてしまいそうだった。


「……ミカル?」

ずっと一点を見つめていたミカルが不意に立ち上がって、皆へ背を向けた。

「少し、外の風に当たってきます」

仲間たちの視線が彼女へ向くが、彼女は振り返らずに部屋を出て行った。

「……最近色々なことが起こりすぎてるもんね。アニスちゃんも もう寝ようかな」
「…ですわね。明日も早いことですし、先に部屋へ行きましょう」

立ち上がったアニスとナタリアに続いて、ルークも腰を上げる。しかし、ティアはミカルの出て行った扉を見据えて心配そうに眉をひそめた。

「だけどミカル……一人にして大丈夫かしら」
「子供じゃないんですから、夜の散歩くらい一人でさせてあげましょう」
「……大佐がそう仰るなら、構いませんが……」

それでも尚、彼女は扉の方へ目線を送っていた。ナタリアとアニスが疑問げにその行動を見守る中、ガイとジェイドが視線を合わせる。

「じゃあ、今日はこれで解散だな」

言って、ガイも柱から背中を離した。また明日、と口にして皆笑顔で部屋へ戻る。
ガイを先頭にしてぞろぞろと出て行くのを見守って、ティアは一つ息を吐き出した。


「あなたは勘がいいですねぇ」

ティーカップを机へ置く彼女へ、残った軍服の彼が笑った。「え?」と顔を上げる頃には、その言葉も終わっていて。
「いえ、なんでもありません」と告げられれば、彼も腰を上げて床へつくよう催促した。

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