Épelons chance | ナノ
68.煩憂を、誰が為に
律儀に城の前で待っていたナタリアの元まで戻って次の行き先がケセドニアだと告げた。もちろん、ペンダントの話も乳母の話も伏せて。
城の中で「勝手に預言を詠み歩く預言士の行方がケセドニアだと入手した」と方便を付け加えれば、彼女は何も疑うことなく首を縦に振った。ユリアシティへ行く道としては遠回りになってしまうが、ケセドニアまでそれほど距離もない。問題ないだろう。もしもロケットの持ち主がラルゴなのだとしたら、次にまみえる前にその真実を知っておきたいところだ。
だが……
「さあ、預言を求める者はボクと共に来い。そこで預言を与えよう!」
その虚言が真実になるなど、誰が思っただろうか。
アルビオールを真っ直ぐに前進させてたどり着いたケセドニア。交流の熱気で活気立つ街が、いつにも増して人で賑わっている。賑わうというよりも騒がしいという言葉が相応しいほどやけにざわめく道を進んでいくと、ちょうど酒場の目の前、アスターの屋敷前の広場で人だかりを発見した。
不信に近づいた一行が耳にした言葉が、彼らの表情を一変させる。
「待ちなさい!ローレライ教団は預言の詠み上げを中断しています!」
すぐさま駆けたのはアニス。ざわめく人ごみの中で、高い声を怒鳴るように張り上げた。
「その預言士は偽物です!離れてください!」
途端に人だかりは静まり返り、集まっていた民衆はアニスへ振り返った。神託の盾騎士団の団服に身を包むアニスを見た人々は怪訝な表情で目を丸くする。静まった雑音は今度は不安そうな声で沈み、それがまた新たなざわめきを作り出した。
遅れてついて来た仲間たちがアニスの傍へ駆け寄りざわつく住民たちと対峙する。すると、中から「心外だね、アニス」と声が通り風を止めた。
「これから預言を詠むのはローレライ教団の預言士じゃない。モース『様』が導師となって新たに拓かれた、新生ローレライ教団の預言士だよ」
聞き覚えのある濁った声。人を冷嘲するような喋り方。その音をきっかけにして、人だかりの中心へ道が出来るように住民たちが前を開けた。
その先に見たものは、アニスに――仲間たちの身体に衝撃を走らせた。
「――イオン様………」
深緑に染まった髪と、同色の瞳。幼さの残る顔とは裏腹に堂々とした視線。
それは、数日前に看取った導師と同じものだった。
ぽつり、呟き落としたアニスの口は開いたまま彼に視線を捕らわれて、彼の瞳が瞬きをすると同時に我に返る。
「イ、イオン様じゃない……。アンタは……まさか……」
「シンク……」
その名を呼んだミカルの目は瞬きを忘れるように固まっていた。もう取り繕う必要をなしとした顔に仮面はなくなって、彼本来の瞳と視線がかち合う。
やはり生きていた。そう誰かが口にし、結果的に六神将は全員生存していたのだと周知した。あれだけ散り散りに死境さらされたというのに、全員が五体満足に地に足をつけている現状は流石神託の盾の幹部、というべきかなのか。
「こうなると、ヴァンがローレライを取り込んで生きているというのも事実でしょうね」
ため息混じりにジェイドが声を落とすと、「そこまでわかっているなら、真剣にローレライの宝珠を探した方がいいんじゃない?」と大勢の人間に囲まれながら彼は笑った。彼のいうことはもっともだ。こちらが見つけようが敵側が見つけようが、見つからない分には利は向こう側にある。見つけて、さらにそれが敵側の手に渡ってしまえば、それ以上の不利もないのだが…。
「……シンク。新生ローレライ教団って、何?モースが導師って、どういうこと」
不意にアニスが彼に訊いた。不信に満ちた瞳は、瞼に力を入れて睨むように目を細くする。
「モースはアンタに話してなかったのかい?裏切り者さん」
「…わたしは好きでモースのいいなりになってた訳じゃない!」
肩に力を震わせて叫んだ少女の握り締めた拳がカタカタと揺れる。シンクはそんな彼女の様子に構うことなく、「安心しなよ。こっちも好きでモースを担いでる訳じゃないさ」と鼻で笑った。
「さあ、邪魔が入ってしまったが、預言を望むものはついてこい」
法衣を翻して声を高く上げたシンクの後に、わらわらと人が集まってくる。周囲に群がった民衆、そしてそれとは別に声に引き寄せられてバザーから駆けてくる人の姿も。その場を去ろうとする彼の後ろを続く人々が行列を作り出した。
「ま、待ちなさい!」
その足向を止めようと必死に手を広げて割入ったアニスだが、彼女を障害物としか捉えてない民衆は「俺たちは預言が知りたいんだ!」「邪魔するな!」と罵声に近い声を投げつける。そんな言葉を浴びせられるとは思っていなかったのだろう、アニスも怯み、足がひとつ後ずさった。
広げた両手が怖気づき肘を曲げたとき、シンクが隣に立ってゆっくりと首を傾けた。
「アニス。ここは見逃してください、あなたならわかってくれますね」
柔らかい声色、おっとりとした口調。自分の嫌いな『彼』を真似て、シンクの口が動いた。ふわりと笑った口元が、まるで本当の『彼』のように記憶を刺激する。不意をつかれたアニスの瞳は見開いて、震える顎が「…イ……オン……様」と想い人の名を口にした。重なるのではない。同じなのだ。重ねているのではない。重なってしまうのは、当たり前のこと。
「あははは!ボクと戦うってことはイオンと戦うってことさ。忘れないでよね!」
放心するアニスの目の前で嘲笑し高笑った彼は、その言葉を最後に民衆を引き連れて去っていった。
尚も視線の先を変えないアニスの眉は悔しそうに下がり、ゆるゆると力を無くして表情が俯いていく。
「……あいつ、酷いことを…」
「アニス。気にしては駄目よ。シンクとイオンは違いますわ」
「そうさ。ルークとアッシュが違うようにね」
そんな彼女へ口々に仲間たちが声をかける。俯く顔にハッと明るさを作り戻すと、痛々しそうに笑う。
「……大丈夫!全然、気にしてないモン!ぜ〜んぜん平気!」
「アニス。無理をしてはいけませんよ」
「無理なんて……」
ぎこちない笑顔をくるくると回すアニスに、ジェイドが珍しく真面目な顔をして声をかけた。
「ナタリア。すみませんがアニスを連れて気晴らしにバザーにでも行って下さい。わたしたちは預言士に気をつけるようアスターに伝えてきます」
“アスター”という言葉に一瞬目が止まるアニスを置いて、ナタリアは頷きその背中を押した。作って振りまいていた笑顔から一気に表情を変えた彼女は、連れられていく後ろ姿で“心配してくれた”ジェイドと仲間たちを睨む。二人の背中が遠くへ消えたあたりで、ガイが「うまいなぁ、ジェイド」と苦笑を零した。
「それでは、アスターのところへ行きましょうか」
この街へはロケットの件を確認しに来ただけであり、シンクとまみえたのは偶然にほかならない。
先の言葉は間違ってはいないが、あくまでも本題はナタリアのこと。
ダシに使われたアニスには申し訳ないが、これでナタリアを故意的に外す必要もなくなった。
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