05




拳と刀がぶつかった衝撃が町中を粉塵をあげて駆け巡り、誰もが言葉を発せないほど静かになった空間で、拳をぶつけた場所から刀にひびが入る音だけが響いて、呆気なく粉々に砕けた。

それを見た瞬間、てっきり零崎は取り乱すかと思っていた。慟哭するか、号泣するか怒りにかられるか、唸りを上げるか叫びを発するか飛びかかってくるか殴りかかってくるか。それを想像して振り向いた瞬間、思わず呆気にとられる。
なぜって、彼はただ、その整った顔を青白くさせながら静かに涙を流しているだけだったから。
さすがの人類最強と言われるあたしでもその様子に少し罪悪感がわかないわけでもない。ガシガシと頭をかきながら、参ったぜと呟いた。あたし好みのそのキュートな顔で泣くんじゃねえよ。

赤色の拳が刀に、破壊者にぶつかった瞬間走馬灯が流れた。
あの真冬の夜の出来事と、そのあとに双識と会ったこととか、軋識とくだらないこと喋ったとか、曲識にピアノを習ってみたりしたとか、人識とガチの鬼ごっこしたとかばーーーって鮮明に早送りされた。それといっしょに想っていた家賊への愛や破壊衝動が忙しなくリフレインされていく。
それが終わった瞬間、なんだか、ごっそりぽっかり胸に穴が開いたような気分だった。何かが胸を穿つ。
自分の軸がなくなるってこういうことなのかと他人事のように思う。まるで別の誰かが死んだような俯瞰的で客観的な。
さっきまであんな鮮明だった記憶ももはやどうでも良いと思う自分もいて。刀が砕けた瞬間、呼吸をしようと思わなくなったし、何が何でもこの目の前の赤色を倒して想影真心を壊さなくてはという思いすら霧散するかのように失せてしまっていたのが分かる。気味が悪いほどの落差、脱力感、疲労感。

零崎は、殺された。死んだ。
俺の中から消えてしまったのだ。
俺の自意識がなんだか分からなくなってやっぱり気持ち悪くて薄気味悪くてだんだん吐き気もしてくる。いや吐いた、吐くものないけど。ガリガリと喉元を掻く手に力が入らない。
その心変わりに情緒不安定で涙が出るのか、生理的な涙なのか、自分から零崎がいなくなって悲しいのか今となってはそれすら判断できないほど自分がよくわかんない。
よくわかんないなりにも、こうやってまだ思考できるほど自我があることに、少しだけ驚いた。
嗚呼、頭がいたい。傷が痛い。心臓がきゅーとなる。痛い。


「ついこの前までてっきり零崎が死ぬイコール自分も死ぬと思っていたんだろ?だが残念だったなグレーゾーン。お前がどんだけ純然な殺人鬼であろうと周りがそうでなけりゃ濁らされる。お前はこの世界に生まれた時点で、家賊がいない時点でずっと零崎として生きられるわけなかったんだよ。」


喉が引きつって言葉を紡ぐことすらできない俺にそのままでかい独り言を話し続ける。


「だから文字通りグレーゾーンのお前だけがそうやって生きてる。大量の白のインクに黒一滴垂らすと、周りがじわっと滲んでグレーになるだろ。零崎の名残みてえなもんだけど零崎ではない。かといって表の顔、ってほどではないんだろうがな。そんな中途半端な存在が残った。というのがあたしの推測だ。」


まあ流血の繋がりすらなくなったお前にはこの後の人生は確実に生きづらいだろうよという言葉を聞いて腑に落ちるというのはこういうことかと納得する。理解する。
零崎だけならば矛盾した瞬間、麦わらの一味を殺せなかった時点ですでに死んでもおかしくなかったのに生き続けられたのはこういうことか。
浅くなる呼吸で咳き込み、えづきながら少し、ほっとしたような気がした。
それは自分の存在が認められたからか。ずっと零崎だと思っていたのに、また別なグレーな自分ができていたのか。
しかしホッとした自分が浅ましくてずるいような気もして自分を保てない。俺は俺をどう思って生きていけばいいのか。
そのグレーゾーンに一体誰がいるのかと考えた瞬間、果てしない孤独を感じてしまいながらも赤色の声に耳を傾ける。


「じゃあな、零崎嘉識。お前みたいな殺人鬼がいたことはあたしがちょっとだけ覚えといてやるよ。」


ハッピーエンド至上主義なあたしでも大団円にするのはあたしの仕事じゃないんでねと言うや否や俺にその真っ赤な背を向けた。姿が滲むのは涙のせいか。
その言葉は、俺が今まで生きてきた世界とのあっさりとした別れだった。


月並みな幕引き
(終焉はずっと目の前にあった)




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