03




零崎が放った言葉に眉をひそめる。そう人生やすやすと思い通りにはならないんだぜ。


「人類最強が言っていた通り、零崎は壊滅した。俺はもう零崎になれないし、人識もその条件を飲んだ。だが、仮にお前が生きていたらという仮定が戯言遣いから発せられた時に、そんな仮定が、もしもの話が俺の中でどんどん膨らんでいった。お前が生きていることは喜ばしいことだと思う。だが、お前は表の顔を持っていないからこそ、条件など受け入れず零崎で在り続けようとするとも思った。俺を恨んでもいい。怨んでもいい。憎んでもいい。殺したくなってもいい。それでも俺は、請負人に依頼した。」

『、――はは、』


渇いた笑いがこぼれた。その笑いは、さぞ、悲しんだか、哀しんだか、寂しかったか、絶望したか。恨んだか。憎んだか。怒りか。憤りか。
しかし、殺人鬼はそのいずれにも反して幸せそうな笑みを浮かべていた。
いいや、恨むなんて、とんでもない。


『そういうことか、成る程。嗚呼、―――なんて。大好きな身内に、家賊に殺されるなら幸せだ、幸福だ、本望だ。理想的で夢みたいで奇跡のようで最高で、至上だ。これほど嬉しいことはない。』


先ほどとは打って変わって口が饒舌に動く。
それなら早く殺してくれ。早く終わらせてくれと望む。もうどうせ俺は死ぬのだから。どうせ死ぬのなら家賊に殺される方が幸せだ。それが俺の望みだ。
対して、手に持って弄んでいた俺の刀を地面に刺して赤色はそれを一笑して一蹴した。


「はん、勘違いすんなよ、最高で幸福で理想で望み通りで自己中心みてえな死に方なんて、この世で最も敵に回すのを忌避される醜悪な軍隊にして、この世で最も味方に回すのを忌避される最悪な殺人鬼にゃもったいねーわ。」


あたしは零崎を殺しにきたんだぜと言葉を続ける赤色。
その言葉に一度思考が停止し、急転直下、ぶわ、と汗と吐き気と寒気が襲いかかってきた。そういうことか。最初からそのつもりだったのか。
嫌な予感しかしない。青ざめるのが分かった。思考がたどり着いてしまった。
なんてことを、この人類最強に教えたのだ。恨んでもいい、憎んでもいいと言ったのは依頼したことの事実にではないと気づく。殺し方の、問題だ。
さっきまで動かなかった体が、がたがたと震えながら少しずつ這うように手を伸ばす。見つめる目が乾く。血走るような感覚。汗がどっと出ているのに、寒い。
零崎でなくなったら、俺は何のために。
そう思っても水分がない喉はひきつって声がうまく出ない。


『だめ、だってそれは…やめて、っげほ、や゛めろ、おわ、らせて。っ、おれ、を、…ころして、おれから、思い出すら記憶すら、家賊すら゛、生き方すら、うばわない、で、』

「ああ?わがまま言うなよ。贅沢言うなよ。理想を言うなよ。願望を言うなよ。幻想を言うなよ。お前は殺さないでって言ったやつを殺さないのか?殺人鬼にわざわざそれを咎めやしねえけど、お前だって例外じゃないんだ。そういうもんだぜ、理不尽に死ぬし意味不明のまま生きていく。生きる意義なんて勝手に後から付いてくるおまけみてーなもんだよ。」


こうなっては、と。
どうせ死ぬならこの舌でも噛み切ってしまおうかという考えが浮かんだ。上と下の前歯で舌を挟む。涎と血が口の端から滴り、ふー、と息が荒くなる。
別に死ぬのが怖いわけではない。零崎である以上、殺すことに疑問を持たないし死ぬことに恐れも抱かない。零崎であることは生きていることで、そのまま死ねるなら零崎で在り続けられる。と、思ったが。
これでひとりで死んで何にもならないというごく自然かつ当たり前のことを思うと、なんだか少し勿体ないような気がした。どうせもう零崎として生きられないところまで来ているのに。死ぬのに。
そう思うと、舌を噛み切るのに少し躊躇いが生じる。
いや、なに、勿体無いって。
そしたらふと視線を感じて顔を上げると、綺麗な笑みを浮かべて、いつも通りのニヒルな笑みを浮かべて、まるで我が意を得たりと言わんばかりの満足そうな笑みを浮かべた人類最強はそう言って言葉を続けた。
その顔がとても楽しそうで、俺には絶望的で。


「分かってんじゃねえか。お前が死んだところで世界は何も変わらないんだから、わざわざ死んでやることないんだぜ。それこそ生きる意義とかを考えるよりもっと無駄なことだって気づけよ。死んだってお前の人生は終わらねえから、だから、勝手に死ぬ前にここであたしに殺されてくれ、零崎。」


文字通り、殺し文句だった。
地面に突き刺した刀に向けて、俺を零崎たらしめるそれに向けて零崎は渾身の力を込めて拳を叩き込んだ。
その瞬間フラッシュバックするように、走馬灯のように脳裏に明白な光景が浮かんできた。
俺が零崎になった初めての日。


わが哀をくらえ
(あなたの願いは叶わない)




204/224

 back



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -