04
再び沈黙が場を支配した。
「少年、どうするんだ。」
どうするんだって問われましても、それはなんて愚問、浅はか、愚か、馬鹿らしい。俺は零崎だ、殺人鬼、常識はずれの度しがたいほどの悪。
大事な大事な兄を殺されたのだ。
雨が降り続け体温を奪われる。
彼の話を聞きながらあの時のことがはっきりと思い出されていた。やはり、あの炎が頭から離れない、殺意がめらめらと胸中で今も燃えているが、しかし複雑な思考の中これだけは言える。
『もし、許してほしいってなら、俺の為におとなしく死んでくれ。』
「断ると言ったら。」
ゾロが間髪入れずに毅然と言葉を放ち、顔を上げると、視線がかちりと合って、体が動いた。そりゃ、譲れないよね。
瞬きほどの一瞬の後、刀がぶつかり合う。
突いた剣先と彼の二刀が火花を散らしており、剣先の延長線上には彼の喉がある。
「ゾロ!嘉識!」
「俺は死ぬ気はねぇ。だから、許してもらおうなんざ思わねぇな。」
『いいよ、それで。それでいい、それでこそ海賊たらしめる傲慢さだ。我が道を行く者はそうでなくてはならない。それを人は信念などと呼ぶ。なんという矛盾、不条理。俺はその信念に憎悪でぶつかってみせよう、足掻いてみせよう、抗ってみせよう。
――――――零崎を、開戦する。』
純粋な殺意を、憎しみを、怒りを、欲を、初めて、彼らにぶつけた。
いつもより自分の身体が軽くモーションも鋭いのがやけに冷静な頭でわかる。呼吸をしたくてもがいているにしては我ながら頭は冷静だ、それに反して血肉は高揚する感覚。やっと、やっと。
ゾロの顔つきから本気さが伝わってうれしいことだが、素直に喜べない、何で、呼吸が苦しい。
『足りない。』
薙ぎ払った剣がゾロを吹き飛ばし、勢いよく石壁にぶつかっていったが、休む暇なく追撃を仕掛けたら横から刀の切っ先がそらされた。
「おい嘉識、次は俺だ。」
『あー、いいよ。』
「っ、」
まっすぐサンジに殺意を向ける、そのまま押し潰されてもつまんないから、まあ、頑張ってよ。
その場から跳び、上段から大きなモーションで刀を振り下ろし、避けられた方向にすぐ突きを撃つ。
かすめたサンジの髪がぱらりと落ちたが気にも留めず、攻撃を仕掛けていく。足場が悪いにもかかわらず軽いフットワークで避けられていくが、袈裟懸けのように下から振り上げた刀はサンジの右肩を斬りつけた。血が軽く吹き出す。
もう一回、そう思って振り上げた刀を下ろすが、その時、
「嘉識!!!来いッ!!!!」
ぴたり、サンジの身体に刀が触れる直前で止め、声のする方を見やる。
『―――俺の為に死んでくれる気になったわけ。』
「んなわけあるか!」
『じゃあ、苦しんで死んで。』
固まっているサンジに背を向けて一直線にルフィに向かって駆ける。
上段構えの刀は覇気をまとった拳に白羽取りされたが、そのまま上に跳んで宙返りで背後に回り足払いをする。それを跳んで避けられたので、刀を宙にいる彼へ突き出すがぎりぎりで避けられた。
そのまま攻撃の手をやめずに続けると、小さな切り傷が彼の身体に増えていき、水たまりに混じる血の赤。雨と混じり、流れていく。ただ、赤が増えるばかり。
『っ、いい加減にしろ。』
刀を地面に叩き付け、土砂で見えなくなった足もとに下段蹴りで足払いを仕掛けてそのまま倒れるルフィの身体に馬乗りになる。首もとに刀を突き付けた。手が止まる。
真っ直ぐこちらを見ている目とばちりと視線が合う。
なぜか、どきりと、まるで悪いことでもしたかのような、そんな風に心臓が止まるような思いになった。俺は、悪くない。
『…なんで、』
「…。」
『なんでっ、誰も反撃しない!』
理解できない。みんな殺すつもりの攻撃を仕掛けて来ないで避けるばかりで、しかし死ぬ気もない。
視線が合ったままのルフィは静かに口を開き、こう言った。
「お前が、死にそうな顔をしているから。」
『―――は、』
そんな顔してるわけない、だって今でも殺したくて憎くてどうしようもないほど、
―――しかし、彼の頭の隣の水たまりには、ひどく情けない顔をした自分がいた。
一気に体の芯から冷えていくような気がする。
頭だけじゃなくて、体も冷えて、なんとなく奥底にある感情が、殺したいのは自分自身だということを自覚した。
どうやらいつのまにか彼らを身内と認識していたということをいまさらながら気づく、そして身内を殺そうとした自分が自分に殺される対象で、 なんだ、矛盾しているのは、俺じゃないか。俺は、死のうとしていた?
「お前は、ほんとはどうしてぇんだよ。」
『どう、って、』
「言えよ。仲間だろ!」
『――――な、かま、』
信じられない。バカを言うな。
今曲がりなりにも殺されようとしていた相手を、こうも、簡単に、真剣に、仲間だと言えるのか。
いや、兄という身内を殺されて、その敵に対してこうも消極的である自分がバカだと思う。
愕然とした気持ちの中、自分がどうしたいかと問われると、何をどうするのがいいのか迷いが。
いや、迷いが表れる時点で 、自分が揺らいでしまう。
『……………、わからない。正直言えばあんたらが憎いけど、でも、俺には殺せない。』
「――そっか。」
ほんとは、矛盾している俺を殺したいと言おうとした。それは、言えなかった。
俺を殺してしまえばなんて逃げになってしまうが、それで自分を保てるなら、身内を傷つけることなく終われるならそれで。だが今その度胸はなかった。
何でそっかなんて言えると思ったが、熱い視線とぶつかり合った瞬間、自分を殺したいという気持ちすらぐらつく。
熱い視線がなんだかいたたまれなくて、どうしたらいいか本当に分からないまま制止の声を振り切ってその場を立ち去った。
噛みつくような優しさで壊さないで
(どうしていいか分からなくなる)
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