おとな?


「…詳しく話を聞かせてもらおうじゃねェか。」

朝礼も終わり再び部屋に戻った総悟は、未だに自らの部屋に居座り続ける女性に向かって言った。その女性は相変わらずきょとんとした顔で座布団の上に正座している。どうやら総悟がそのままにしていた布団は押入れにしまってくれたらしい。

「私のほうが詳しく聞きたいところだけど…。総悟くんは何か聞きたいこと、あるの?」

聞きたいことしかねェよ。そんな言葉をぐっと飲み込んで、彼女の前に腰を下ろす。

「単刀直入に聞く。お前には自分をみおだと証明出来るものがありやすか?」
「えぇ…。総悟くんの持ってる私についてのイメージが分かんないから証明しようがないなぁ、どうしよう。」

むむ、と彼女は首を傾げた。少し頬を膨らませて、眉間に皺を寄せている。

「そうだ!そもそも、総悟くんの知ってるみおと私、何が違うの?」
「…みおはまだガキだと言ったはずでさァ。屯所に来てから1年も経ってねェ。それにお前とは、喋り方も体つきも全てが違いまさァ。」

本物のみおをどこへやった、と、なんの根拠もなく誘拐を疑う。そのせいか、どことなく語調が強くなったのが自分でも分かった。

「屯所に来て1年!?懐かしいなぁ…!あの時はまだ言葉がよく分かんなくて、総悟にいろんなことを教えてもらったのを覚えてるよ。たくさんの場所にも連れて行ってもらったね。」

自分が疑われているというのに、さほど気にしていない様子でみおは話す。むしろ楽しそうだ。幼い記憶に思いを馳せるように、目を細めている。

「あ!証明になるものと言えば!これこれ。」

そう言って、みおは前髪をかきあげた。

「海でケガした時に縫ったところ!だいぶ薄くなったけど、傷跡残っちゃったんだよね…。」

なるほど確かに、指で示されたそこには皮膚がよれたような白い筋が見える。傷の位置も間違いないようだ。試しに指でこすってみても消えることはない。

本物、か…?

傷跡だけで断定するには少々材料が足りないような気もするが、もともと捨て子だったみおが正規の戸籍を持ち合わせているかと聞かれれば是とは断定できないのが現実。とりあえずは納得して話を進めるとしよう。

目の前の女性はみおだ。よし。

「で、あんた今何歳なんですかィ?」
「ん?じゅう…ろく?かな?」
「16…、じゃあ俺は、」

俯いて思案した後、ふと顔上げた。その時。

━━━━ふにゅ。

差し込んでいた柔らかな光は目の前で遮られた。

は…?

わずかな時間の後に、みおの手が総悟の肩に乗った。静かに重みがかかってくる。ぐっ、と少し後ろに押されて、思わず後ろに手をついた。みおの肩に乗せていない方の手は、総悟の頬に添えられている。

「ん…ぷはっ。そーご、目、とじて…?」
「え、なん…っ、」

そして再び、唇に触れる柔らかさ。驚きを隠せないまま目を開く総悟。ん、と声を漏らしながらみおは静かに目を閉じて、何度も角度を変えて総悟に唇を寄せた。

いつの間に、こいつはこんなにませたガキに育ったんだ。誰がこんなことを教えた。…順当にいけば自分が教えたことになるのだが。

しかし、みおが何故か大人になったからと言って自分のほうが年上なことに変わりはない。やられっぱなしで終わるわけにも行かないだろう。

総悟はゆっくりと瞳を閉じ、みおの後頭部を抱き寄せた。ぴく、とみおは体を強張らせたが、それも一瞬。両腕を総悟の胸に持って行き、隊服にしがみつくようにして身を委ねた。

それに気を良くした総悟は、後ろに移動させられていた体重を前に戻しみおを自分の腿の上にのせると、軽く指でみおの唇の端をなぞった。

「…みお、口開けろィ。」
「ん、ぁ…。」

控えめに開かれた唇の奥には、綺麗な白い歯が可愛らしく並んでいた。総悟は迷わずそこに舌を滑らせる。

くちゅり、と小さく響いた音が徐々に大きくなっていく。

「ふぁ、んっ…総悟く…ん、むっ…!」

何か言いかけたみおの口にさらに舌を入れ込んだ。驚いたみおは逃れようと身をよじる。

「逃げんな…。」

そう耳元で囁けば、みおはおそるおそるといったように応え始めた。

少しして、トサッ、と軽く音を立ててみおを畳に寝かせた。その瞳はすっかりうるんでいる。

「総悟くん…。」
「あ…?なんですかィ。途中でやっぱナシ、なんてこたぁ言うもんじゃねぇ。」

「そのつもり」で誘ったんだろう?と意地悪く口角を上げれば、みおは心外そうに首を振った。

「ううん…。私、嬉しいの。総悟くんと、やっとこういうことできて…。待ってたんだよ?ずっと。」

総悟がみおに覆いかぶさると、みおは総悟の背に腕を回した。重力でずり落ちた着物の袖口から透き通りそうなほど白い腕が姿を表す。

うっとりと目を細めるみおは、総悟と目を合わせてゆっくりと口を動かした。

「すき、だよ。総悟くん…。私の大切な、」


━━━━だ ん な さ


「んんんまぁあぁぁぁあぁああぁぁ!」
「うおぉっ!?」

突如、大声がした。無様に叫んで声を上げてしまったが、寝転がってこちらを見る彼女はその声に気付いていないように先ほどと同じ表情を浮かべている。しかしその姿は徐々に歪んでいく。黒く霞んでいく。

「なんだ、これ…。」

そしてそのまま、視界は黒く塗りつぶされた。




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