とんでいけるほど楽なもんじゃない


「ふぉぉ、どうくつ…!」
「こりゃあすげーや…。」

総悟はみおの浮き輪を利用しつつ、先ほど発見した洞窟へと泳いでいった。奥へ奥へと進めば進むほど次第に暗くなったが、先に見えるぼんやりとした光に近づけば、そこは見事に青く輝いていた。

「青の洞窟、ってやつか…。」
「あわわわわわわわ」
「うるせぇ。」

声が響くのを楽しんで意味の分からない音を発するみおを小突いた。みおはあぅっ、と言って黙る。幻想的な光に包まれると心が洗われるようだったが、みおの奇怪な声で台無しだ。総悟はみおの頬をむにぃとつまんで説教の代わりにした。

「ちょっと泳ぎ疲れたな…。そこの岩場にあがりやすか。」

総悟は洞窟のおぼろげな明かりを頼りに岸に上がった。次いで、浮き輪ごとみおを引き上げる。

そういえば、タオルも何も持ってこなかった。日の当たらない洞窟はただでさえ肌寒いのに、通り抜ける風がさらに身を冷たくした。みおの体が冷えないように、また、自分も暖を取れるように。淡い光を頼りにみおに手を伸ばして、抱き上げようとした時だった。

「わっ…!」

小さく声を上げてみおがバランスを崩した。慣れない岩場に足をとられたか。こけたらまた慰めてやろう、なんて呑気なことを考えていた。

しかし、ここはいつもとは違う岩場。ゴンッ、という鈍い音の後に、みおが大きな声を上げて泣き始めた。

「うわぁぁぁん、いたぁい!!!ひぅっ、そ、そーごぉ…!」
「こけたぐらいで大げさな…。見せてみ?どこ打った?」

総悟はしゃがみこんでみおが手で押さえている箇所に触れた。

ぬるり。

「…は?」

指先に残るのは、生暖かいその感触。暗がりでもはっきり分かる、その色。血だ。

岩で切ったか、そう思うより早く、総悟はみおの傷口を手のひらで強く押さえた。まずは止血。腕や脚なら握ることが出来ただろうが、今みおが怪我をしたのは額だ。せいぜい押さえるだけの圧迫しか出来ない。

泳いで戻るのも無理だ。傷を海水に晒すわけには行かない。だとしたら…。

「…ここを突っ切りゃあ、解散地点に戻れる、か。」

洞窟に光をもたらす、最奥に向かって早足で歩き始めた。走りたいところだがあいにくの岩場。泣き喚くみおをあやしながら進むしかなかった。

「もう、少し…!」

光が近づくにつれて歩みも速まる。だが気ばかりが焦って、まるで進んでいないような感覚に陥った。手を濡らすその温度と、小さくなっていくみおの泣き声が、総悟の焦燥を駆り立てた。


「…あァ?何してんだおめーら…って、怪我してんじゃねーか!!」
「土方さん、慌てるよりも先にすることがありやすぜ。ここに救急箱を持ってきてくだせェ。」

辿り着いた、元の場所には変わらず土方がいた。彼がふんぞり返って座っていたイスにみおを座らせて、傷の具合を見る。土方は「上司パシんなよ…。」と呆れながらもすぐに救急箱を持ってきた。

「みお。痛いですかィ?」
「うぅ…。いた、い…。」

青ざめた顔でぐったりとイスに身を預けるみお。濡らした脱脂綿で傷の周りを丁寧に拭きとるが、拭いても拭いても新しい血が溢れてくる。

「おい総悟、救急箱じゃどうしようもねぇぞ。病院連れて行かねぇと。」

土方はそう言いながらみおの体にタオルをかけた。確かに、ぱっくりと開いた額の傷は縫うしかないように思えた。

「じゃー運転お願いしやす。俺は後ろでみおの傷押さえとくんで。」

総悟はみおを抱いてさっさと後部座席に乗り込んだ。またも良いように使われることになった土方は、大きく息を吐いて車のキーを手にしたのだった。







「はい、よく頑張ったね。もう終わりだよ。」

パトカーはサイレンを鳴らせば他の車はさっさと退いた。そこをアクセル全開で突っ切って大江戸病院に到着し、顔面血だらけの幼女を見た看護師さん達により救急に連れて行かれ、みおの処置はほんの数分で終わったのだ。

「ぐすっ…ありがと、ごぜーやした…。」

額に大きなガーゼを貼られたみお。ちなみに3針縫った。もう泣き叫ぶもんだから、処置中ずっと総悟が抱っこしていた。

屯所に戻ってからも、傷が痛むのか終始ぐすぐすと泣きっぱなしで、隊士たちもそこそこ慌てた。

「ったく、しょーがねぇなぁ…。寝たら痛ぇのなんて分かりやせん。寝なせぇ。」
「が、がんばる…。」

布団に押し込められたみおは、潤目で総悟を見上げる。その瞼をそっと手で覆い、撫で、次はガーゼをそっと撫でる。こうすると少しは痛みが和らぐのか、みおは瞼の隙間から涙をこぼしながらも寝息をたて始めた。

いたいのいたいの、とんでいけ。

いつだったか姉にされたこの行為の意味を、総悟はこの日始めて知ることになった。


Fin.




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