06.こんばんは?


ぱちり。むくり。

普段は目覚めの悪いこの幼女、みおはためらうことなく起き上がった。現在はまだ夜中。丑三つ刻というやつである。にもかかわらずこの少女は起きた。それが不可解なのである。

「…ん、みお…?厠ですかィ?」

布団に急に入り込んだ夜風に身を震わせて、総悟も目を覚ました。寒ィ、とみおを抱きすくめる。

「………そーご。」

普段なら、走り回って喜ぶはずなのに。少女は一点を見つめたまま微動だにしない。ちいさく自分の名を呼んで、着流しの裾をきゅっと握っている。見つめる方向は、障子。その先の、廊下。

「なにか、あるんですかィ?」
「…ちがうのが、いる。」

ちがうって、何が。そう聞く前に、みおは立ち上がった。そのまま総悟の日本刀を引っ掴んで、障子の前に仁王立ち。さすがの総悟も、この行為には少々苛立った。

「おいみお、刀なんて物騒なモン持つんじゃねェや。返しなせェ。」

自分の化身とも呼べる刀。数多の人を斬り殺してきた刀。それに、触れて欲しくないと素直に思った。

「そーご、あんね、それ、つかうの。」

少女は月明かりに照らされながら、手にした刀を総悟に渡した。そして、つぶやく。

「じゃなきゃ、やられちゃう。」

その刹那。みおは総悟の手をとって走り出した。総悟は前かがみになりながら、されるがままに刀を握りしめて付いて行く。

なんなんだ、突然。真夜中に刀を握らされたと思ったら、幼女に連れられて廊下を走っている。そもそも存在が謎な天人の少女。彼女にしか分からない事でも、あるというのか。

「ねー、なにするの?」

ぴたり、みおが止まった場所は玄関。そこでようやく、総悟も数人の気配に気付いた。殺気なんてものはない。ただ往来を行く人だと思っていたのに。こいつらは、屯所の門の前で、何をしている?

「…ひっ!?こ、こども!?それにお前は…、一番隊隊長、沖田総悟!!」

目で確認できるのは4人。仲間がどこかに潜んでいる可能性もある。

「このガキの質問に答えなせェ。ここで何してる。」

返答によっちゃ、斬る。そう告げた。ただ、出来ればみおの前では斬りたくない。そんな願望もあった。刀身をちらつかせて、脅す。

「お、俺たちは雇われただけで…!大体、夜中だったら気づかねぇって言われたから実行してるのに…!」
「…誰に指示された?言え。」
「っ、そ、そこまでは…!」

ビビって後ずさる男たち。なんだ、腰抜けばかりか。刀を収めて歩み寄る。拘束して、ブタ箱にぶち込んで吐かせてやろう。そう思った矢先、男たちは走り出した。

「チッ。」

総悟は舌打ちをして追いかけようとした。だが、その必要はなかったらしく。

「よるに会ったら、こんばんは、って言わなきゃだめー!」

その先には、みおが両手を広げて立ちはだかっていた。

「んの、バカ!!避けろ!」

珍しく、大きな声で叫んだ。男たちが刀を持っていることに気づいたからだ。全力で加速して刀を抜き、なんとかみおの前に躍り出た。

キィン、と高い金属音がした。静止したのは一瞬で、次から次へと襲いかかる相手を、みおの位置を確認しながらさばいていく。

しばらく経つと男たちは地面に伏していた。ふう、と息をつき、そっとみおを後ろにやって、一番屯所から離れた所にいたやつを標的に定めた。

「続きは屯所で聞きやす。任意同行お願い出来やすか、っと。」

手首を掴んで、屯所に向かって投げ入れた。他の3人も同様に投げ飛ばす。

「みお、門閉めてくだせェ。鍵のかけ方は分かりやすか?」

膝で男たちの背中を押さえ、地面に伏せさせて手首を後ろ手で拘束した。みおのほうを見ずに尋ねたが、返事はなかった。

みお、ともう一度呼んだ。今度はしっかりと振り返って。

門の前に突っ立っていたみおは、ゆらり、と総悟を見た。その瞳は、揺らめいている。

「みお…?まだなにか、」

あるのか、と続けようとした。それなのに、みおはそれを言わせることなく抱きついてきた。揺らめいた瞳の原因は、目に溜まった涙だったらしい。ぐすぐすと鼻をすする音が聞こえた。

「ふ、ふぇえぇぇぇん!そーごぉ!こわかったよぉぉ!」

その声に気づいた隊士たちがぞろぞろと起きてきて、何事かと騒ぎ出す。元々眠くて不機嫌だったこともあるのだろうか。みおは一層激しく泣きだした。小さな体を抱き寄せて、背を撫でてやる。さっきまではあんなに勇敢に、無謀に立ち向かっていったのが嘘のような泣きっぷりだ。

「そんなに泣くんじゃねェや。ご近所迷惑だろィ。」

そう言う総悟の声は優しい。抱きしめて、後頭部から背中にかけてゆっくりと撫でた。

他の隊士たちが身柄を拘束し、拘置所に連れて行っている間、みおはひとしきり泣き、そして眠ってしまっていた。

後に、なぜ気づいたのかと問えば、「だれのにおいでもなかったからー!」だそうで。

無邪気に笑う頬をむにっとつまむと、みおはにへーっと笑った。




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