04.ふぃーりんぐ。
フィーリング。Feeling. 比較的日本語的な意味で用いたいそれは、今まさに目の前で繰り広げられている状況にふさわしい。
総悟はそんなことを考えた。そして彼らの横に腰掛けた。縁側で気持ちよさそうに昼寝をむさぼっている局長、近藤勲と、先日訪れたばかりの隊士でもなんでもないみおの横に、である。
豪快に腕を広げてイビキをかく近藤の隣には、日なたに、猫のように丸まってすやすやと眠るみお。口の端からはわずかによだれが垂れている。
「ぶっ、アホ面…くくっ、」
お約束と言わんばかりに懐から油性ペンを取り出し、つるりとした幼児のおでこに焦点をあてた。ドSに寝顔を晒すのは自殺行為である。
何を書いてやろうか、一時思案した総悟。よし、ここは無難に「肉」でいこう。そう決めてペン先を額に構えた。
「ん…?…そーご!」
ぱちり。まんまるの双眸が開かれた。がばっ、と起き上がり抱きついてくる。なんだってこんないいタイミングで目が覚めるのか。
「んー…!そーご、そーご!」
ぐりぐりと頭をこすりつけてきた。こいつはこれしか言わないのだろうか。そのうえ、くんくん、すんすんと匂いをかいでくる。
いい加減うるさく感じてきてその体躯を力強く抱きしめた。というよりは、押さえつけた。
「うるせェや。ちったぁ静かにしなせェ。晩飯抜きにすっぞ。」
「んむむ…。んぅ。」
しん、と静まるみおを確認して腕の力を緩めると、彼女は腕の中からにょきにょきと顔を出した。「ぷはっ」と息を吐いて、にんまり。
「ごりらー!」
しっかりと近藤を指さしてそう言った。
「ぶふぉっ!」
突然の天然ボケに総悟は思わず吹き出す。くっくっと肩を震わせてみお共々笑った。本気の天然なのである。総悟の記憶のなかでは少なくとも局長である近藤を「ゴリラ」と紹介したことはない。(誰かが口を滑らせたかもしれないが。)幼い少女がそう感じたのであれば、近藤は世間一般が認めるゴリラと言うことにもなる。
「ごり!ごり!!らー!」
ぴょん、と総悟の腕から飛び出してみおは近藤の頬をぺちぺちと叩いた。ごりごりらってなんだ。
「んん…?みおちゃん…?今ゴリラって聞こえたんだけど…?」
「近藤さん、気のせいでさァ。みおがそんなに綺麗に発音できるわけがありやせん。」
後ろからみおを抱き上げた。みおは嬉しそうに体を反転させて総悟にしがみつく。
「うー!きーぁー!」
「言葉を話しやがれィ。」
なんとなく楽しそう、そんなことしか伝わってこないではないか。だが、我らが局長は違った。
「そうかそうか、遊びたいのか!じゃあ総悟と遊んでもらいなさい!」
「え…、近藤さん、こいつの言うことが分かるんですかィ?」
「分かるも何も、ちゃんと伝わるさ!ほうら、こうやって目を見てやれば…。」
近藤はみおと視線を合わせた。じっ、と見つめ合う。しばらくの間沈黙が流れた。
「…う?だー!」
びたーん。
よく晴れた午後、屯所内にビンタの音が響き渡った。総悟はあちゃー、と目を見開き、近藤の頬には紅葉がかたどられた。
「あぃ!」
そして幼児は走り回る。
フィーリングである。フィーリング。野性味溢れるゴリラ、もとい近藤は、天人であるみおの言葉を理解できるのか。いちばん懐いているのは自分なのに。と、よく分からない嫉妬まがいの感情を感じた。だがそれも怪しいものだと分かると妙にホッとして、目の前にいる少女が愛らしく見え始めた。
やかましいだけだと思ってたんですけどねィ…。
みお、と呼ぶと、小走りで胸にダイブしてきた。
「お前の気持ちが分かるのは、俺だけで十分でさァ。」
そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、少女は元気よく返事をして笑った。そしておもちゃ箱を引っ張り出してくると、おもむろに1冊の図鑑を読み始めた。動物図鑑である。学名「ゴリラ ゴリラ ゴリラ」と書かれたその写真を、小さな指で指して総悟を見た。
「ん!こん、どー、さん!でさァ!」
もう、こいつは俺に染まってしまえばいい。
緩む口元を隠しながら、総悟は再びみおを抱きしめた。